公立学校教員の勤務時間外勤務と上司である校長に教諭の心身の健康を損なうことがないよう注意すべき義務に違反した過失があるとはいえないとされた事例
最高裁判所第3小法廷判決平成23年7月12日
損害賠償等請求事件
『平成23年重要判例解説』行政法11事件
【判示事項】 市立小学校又は中学校の教諭らが勤務時間外に職務に関連する事務等に従事していた場合において,その上司である各校長に上記教諭らの心身の健康を損なうことがないよう注意すべき義務に違反した過失があるとはいえないとされた事例
【判決要旨】 市立小学校又は中学校の教諭らが,ある年度の合計8か月の期間中,勤務時間外に職務に関連する事務等に従事していた場合において,上記教諭らの勤務する学校における上司である各校長は上記教諭らに対し時間外勤務を明示的にも黙示的にも命じておらず,上記教諭らは強制によらずに各自が職務の性質や状況に応じて自主的に上記事務等に従事していたものというべきであること,上記期間中又はその後において上記教諭らに外部から認識し得る具体的な健康被害又はその徴候が生じていたとは認められないことなど判示の事情の下では,上記期間中,上記各校長において,上記教諭らの職務の負担を軽減させるための特段の措置を採らなかったとしても,上記教諭らの心身の健康を損なうことがないよう注意すべき義務に違反した過失があるとはいえない。
【参照条文】 国家賠償法1-1
国立及び公立の義務教育諸学校等の教育職員の給与等に関する特別措置法(平15法117号改正前)10
国立及び公立の義務教育諸学校等の教育職員の給与等に関する特別措置法(平15法117号改正前)11
公立の義務教育諸学校等の教育職員の給与等に関する特別措置法5
公立の義務教育諸学校等の教育職員の給与等に関する特別措置法6
地方公務員法(平15法104号改正前)58-3
職員の給与等に関する条例(昭31京都府条例28号,平16京都府条例19号改正前)37-2
職員の給与等に関する条例(昭31京都府条例28号,平16京都府条例19号改正前)37-3
【掲載誌】 最高裁判所裁判集民事237号179頁
裁判所時報1535号255頁
判例タイムズ1357号70頁
判例時報2130号139頁
1 事案の概要
本件は,市立小中学校の教諭であるXら9名が,平成15年4月~12月の間(ただし8月を除く)に時間外勤務を行ったところ,これは義務教育諸学校等の教育職員に原則として時間外勤務をさせないとしている「国立及び公立の義務教育諸学校等の教育職員の給与等に関する特別措置法」(平成15年改正前のもの。以下「給特法」。なお,同改正後の題名は「公立の義務教育諸学校等の教育職員の給与等に関する特別措置法」である。)及びこれに基づく京都府の条例の規定(以下,これらを併せて「給特法等」)に違反する黙示の職務命令等によるものであり,また,各学校の設置者であるY(京都市)はXらの健康保持のため時間外勤務を防止するよう配慮すべき義務に違反したなどと主張して,Yに対し国家賠償法(国賠法)1条1項に基づく損害賠償等を請求する事案である。
Xらは損害賠償請求の根拠として国賠法のみを挙げ,公務員の勤務関係に基づきYがXらの生命及び健康等を危険から保護するよう配慮すベき義務(安全配慮義務)の違反を挙げていない。すなわちXらは不法行為規範のみを根拠とし,債務不履行規範を根拠としていない。本判決を理解するに当たってはこの点に注意を要する。
本件の背景には教育職員特有の勤務条件がある。給特法等によると,教育職員(管理職員に該当しない教諭等をいい,事務職員を含まない。)の勤務条件については次のとおりの特例が定められている(根拠条文は本判決参照)。
(1) 教育職員には給料月額の100分の4に相当する額の教職調整額を支給する。これは諸手当等の計算上給料とみなす。
(2) 教育職員には時間外勤務手当及び休日勤務手当を支給しない。
(3) 教育職員には原則として時間外勤務をさせないものとし,させる場合は,生徒の実習に関する業務など所定の四つの業務のいずれかに従事する場合で,臨時又は緊急にやむを得ない必要があるときに限り,かつ,その健康及び福祉を害しないように考慮しなければならない。
2 第1審判決と原判決
第1審(京都地判平20.4.23労判961号13頁)はX3の請求のみを一部認容し,その余の請求を棄却した。双方が控訴し,第2審(大阪高判平21.10.1労判993号25頁)は,X1,X2,X3の請求をそれぞれ損害額55万円(慰謝料50万円,弁護士費用5万円)と遅延損害金の限度で認容すべきものとする一方(X3の認容額は第1審と同じ),Xらのその余の控訴及びYの控訴を棄却した。
原判決の理由はおおむね次のとおりである。教育職員の時間外勤務は,それが自主的,自発的,創造的に行われるものではなく校長等から勤務時間外に強制的に特定の業務をすることを命じられたと評価できるような場合には違法となるが,Xらの時間外勤務はこのような場合に当たるとまではいえないから,各校長に(給特法等に反する)違法な行為があったとまでいうことはできない。次に,Yは,教育職員の勤務内容,態様が生命や健康を害するような状態であることを認識,予見し得た場合には事務の分配等を適正にするなどして教育職員が勤務により健康を害することがないよう配慮すべき義務を負うと解されるところ,X1~X3についてはこの配慮を欠くと評価せざるを得ない常態化した時間外勤務が存在したことを推認することができ,各校長は,事務の分配等を適正にするなどしてX1~X3の勤務が過重にならないように管理する義務を怠った。そして,X1~X3は時間外勤務によって法的保護に値する程度の強度のストレスによる精神的苦痛を被ったことが推認される。
Xらが(X1~X3は敗訴部分につき,他のX6名は請求全部につき)上告及び上告受理の申立てをし,Yが敗訴部分(X1~X3の勝訴部分)について上告受理の申立てをした。最高裁第三小法廷は,Xらの申立てについては上告棄却兼不受理の決定をする一方,Yの申立てに基づき上告審として事件を受理し,本判決を言い渡した。
3 本判決
以上の経緯から,本判決は,原審がX1~X3の請求を認容すべきものとした部分についてのみ判断を示し,原判決のうち請求認容部分を破棄し,X1・X2の控訴を棄却するとともに第1審判決のうちX3の請求認容部分を取り消してその請求を棄却する自判をした。要するにX1~X3の請求をいずれも棄却すべきものとした。その理由は次のとおりである(X1~X3に関する事実関係の詳細は本判決のとおりであり,勤務時間外にかなりの時間にわたってその職務に関連する事務等に従事していたが,他方,勤務校の各校長がX1~X3に対し時間外勤務を命じたことも,その授業の内容や進め方等個別の事柄について具体的な指示をしたこともないなどとされている。)。
本判決は,まず,各校長はX1~X3に対し明示的にも黙示的にも時間外勤務を命じていないから,国賠法1条1項の適用上,給特法等との関係で違法の評価を受けるものではないとした。
次に,最二小判平12.3.24民集54巻3号1155頁,判タ1028号80頁〔電通事件〕を引用し,その判例法理が本件にも適用されるとした上で,X1~X3は,時間外勤務を命じられておらず,勤務時間外において強制によらず自主的に職務に関連する事務等に従事していたというべきであること,外部から認識し得る具体的な健康被害又はその徴候が生じていたとは認められないことなどを指摘し,このような事情の下では,各校長がX1~X3の職務の負担を軽減させるための特段の措置を採らなかったとしても上記注意義務に違反した過失があるとはいえないとした。