本件では、公正取引委員会から、本件会社が、不当な取引制限(カルテル)(独禁法2条6項、3条)をしていたことについて、排除措置命令・課徴金納付命令(独禁法7条2項)を受けているという客観的な証拠があったため、株主代表訴訟(会社法429条1項、847条)において、取締役の損害賠償責任が認められた。
損害賠償請求(株主代表訴訟)事件
【事件番号】 東京地方裁判所判決/令和2年(ワ)第32120号
【判決日付】 令和4年3月28日
【掲載誌】 LLI/DB 判例秘書登載
主 文
1 被告Y1は、A株式会社に対し、18億3417万円及びこれに対する令和3年1月10日から支払済みまで年3分の割合による金員(ただし、17億3227万円及びこれに対する同月12日から支払済みまで年3分の割合による金員の限度で被告Y2と、15億7942万円及びこれに対する同月13日から支払済みまで年3分の割合による金員の限度で被告Y3及び被告Y4とそれぞれ連帯して)を支払え。
2 被告Y2は、A株式会社に対し、17億3227万円及びこれに対する令和3年1月12日から支払済みまで年3分の割合による金員(ただし、同額の限度で被告Y1と、15億7942万円及びこれに対する同月13日から支払済みまで年3分の割合による金員の限度で被告Y3及び被告Y4とそれぞれ連帯して)を支払え。
3 被告Y3及び被告Y4は、A株式会社に対し、被告Y1及び被告Y2と連帯して、15億7942万円及びこれに対する令和3年1月13日から支払済みまで年3分の割合による金員を支払え。
4 訴訟費用は、被告らの負担とする。
5 この判決は、1項ないし3項に限り、仮に執行することができる。
事実及び理由
第1 請求
主文1項ないし3項同旨
第2 事案の概要
本件は、A株式会社(以下「A」という。)の株主である原告が、Aにおいて遅くとも平成23年3月から平成27年1月27日までの間、同業他社8社との間で共同してアスファルト合材(以下「合材」という。)の販売価格の引上げを行っていく旨を合意(以下「本件合意」という。)することにより、公共の利益に反して、我が国における合材の販売分野における競争を実質的に制限していた行為(本件合意に基づき上記引上げを行っていた行為であり、以下「本件違反行為」という。)が私的独占の禁止及び公正取引の確保に関する法律(以下「独禁法」という。)2条6項に規定する不当な取引制限に該当し、独禁法3条の規定に違反するなどとして、公正取引委員会から排除措置命令及び課徴金納付命令を受けたことについて、当時の取締役又は代表取締役であった被告らに善管注意義務違反があったと主張して、被告らに対し、会社法423条1項に基づく損害賠償請求として、Aが上記課徴金納付命令に基づき納付した課徴金のうち、被告Y1につき18億3417万円、被告Y2につき17億3227万円、被告Y3及び被告Y4につき15億7942万円及び各損害金に対する各訴状送達の日の翌日から支払済みまで民法所定の年3分の割合による遅延損害金を、各被告の上記責任金額の限度で連帯して支払うよう求める事案である。
1 前提事実
以下の事実は、当事者間に争いがないか、後掲各証拠(枝番を含む。以下同じ)及び弁論の全趣旨によって容易に認められる。
(1)当事者等
ア(ア)Aは、東京都港区に本店を置き、アスファルト舗装、コンクリート舗装、土木工事等の建設事業(以下、単に「建設事業」という。)及びストレートアスファルト等の原材料から合材等の舗装資材を製造し販売する事業(以下「合材事業」という。)を主に営む株式会社である。Aは、資本金額20億円の大会社(会社法2条6号イ)であり、かつ取締役会設置会社及び監査役会設置会社である(甲10、弁論の全趣旨)。
(イ)Aは、遅くとも平成20年以降、本社において、取締役会の下に内部統制推進部、管理本部、事業推進本部、技術本部等を設置し、管理本部の下に経営企画部、総務人事部及び財務部を、事業推進本部の下に営業部、工務部、製品事業部等を、それぞれ設置していた(甲4)。
(ウ)Aの工務部は、建設事業に係る現況月次管理、土木技術員の管理や教育等を行う(甲27、丙4、被告Y3本人)。
(エ)Aにおける合材事業は、製品事業部及び支店の製品部又は製品課が担当する。Aの各支店は、合材を製造販売する合材工場を指揮監督し、製品事業部は、上記各支店を指揮監督するとともに、上記合材工場の収支管理等を行う(甲27、丁12、被告Y4本人)。
イ 被告Y2は、平成16年6月から現在に至るまで取締役を、平成24年4月1日から現在に至るまで代表取締役を務める者である。
被告Y2は、昭和49年にB株式会社(昭和57年にC株式会社と合併してAとなった。)に入社し、人事部人事課長や経理部長等を務めた後、平成16年6月に取締役に就任し、財務部長、内部統制推進室長、執行役員等を務めた後、平成24年4月1日に代表取締役に就任した(争いのない事実、弁論の全趣旨)。
ウ 被告Y1は、平成21年6月26日から平成30年6月22日までAの取締役を務めた者である。
被告Y1は、昭和49年にAに入社し、平成10年4月1日から人事部長、平成16年4月1日から営業本部(平成18年4月1日から事業推進本部)営業企画部長、平成19年6月28日から事業推進本部事業推進部長等を務めた後、平成21年6月26日に取締役に就任するとともに事業推進本部副本部長兼事業推進部長となり、平成22年4月1日から平成24年3月31日までの間は営業部長も兼務し、同年4月1日から少なくとも平成27年1月27日(本件違反行為の終了日)まで事業推進本部長を務めた(争いのない事実、弁論の全趣旨)。
エ 被告Y3は、平成24年6月28日から令和3年6月23日までの間、Aの取締役を務めた者である。
被告Y3は、昭和53年にAに入社し、東北支店工事部長等を務めた後、平成21年10月1日から平成24年3月31日まで事業推進本部工務部長を務め、同年4月1日から少なくとも平成27年1月27日(本件違反行為の終了日)まで事業推進本部副本部長兼工務部長を務めた(弁論の全趣旨)。
オ 被告Y4は、平成24年6月28日から平成29年6月23日までAの取締役の地位にあった者である。
被告Y4は、昭和58年にAに入社し、平成20年4月1日に事業推進本部製品事業部次長、平成23年10月1日に同本部製品事業部長となった後、平成24年4月1日から少なくとも平成27年1月27日(本件違反行為の終了日)まで事業推進本部副本部長兼製品事業部長を務めた(争いのない事実、弁論の全趣旨)。
カ 原告は、Aの株式を後記(5)アの提訴請求の6か月前より引き続き保有する株主である(甲1、37)。
(2)Aの従業員による同業他社8社との会合への出席状況
ア 合材の製造販売事業を営むA、株式会社D、E株式会社、F株式会社、G株式会社、H株式会社、I株式会社、株式会社J及びK株式会社(以下「本件9社」という。)の従業員は、遅くとも平成20年5月から平成27年1月までの間、合材に関する会合(以下「9社会」という。)を開催していた(丁12、弁論の全趣旨。なお、9社会に出席していたAの従業員の9社会に対する認識については、争いがある。)。
イ 9社会に出席していたAの従業員(以下「A9社会出席者」という。)の氏名及びその当時の役職は、次の表の「時期」欄記載の期間ごとに、次の表の「従業員の氏名」欄及び「その当時の役職」欄記載のとおりである(丁12から14まで、17)。
時期 従業員の氏名 その当時の役職
平成20年6月2日から平成 L 製品事業部担当部長
21年10月22日まで (以下「L」
という。)
平成21年10月22日から M(以下 関東製販事業部販売グル
平成22年4月21日まで 「M」とい ープリーダー
う。)
平成22年4月21日から 被告Y4 平成22年4月21日か
平成23年10月19日まで ら平成23年3月31日
までは事業推進本部製品
事業部次長、同年4月1
日から同年10月19日
までは同部部長
平成23年6月28日から N(以 関東製販事業部副事業部
平成25年3月18日まで 下「N」と 長兼製品事業部専任次長
いう。)
平成25年3月18日から M 関東製販事業部販売グル
平成27年1月8日まで ープ担当次長兼製品事業
部専任次長
(3)Aに対する排除措置命令及び課徴金納付命令
ア 公正取引委員会は、遅くとも平成23年3月から平成27年1月27日までの間、本件9社が、共同して、本件9社又はそのいずれかを構成員とする共同企業体が販売する合材の販売価格の引上げを行っていく旨の合意(本件合意)をすることにより、公共の利益に反して、我が国における合材の販売分野における競争を実質的に制限したこと(本件違反行為)が独禁法2条6項に規定する不当な取引制限に該当し、独禁法3条に違反するなどと認定して、令和元年7月30日、本件9社のうち株式会社D及びF株式会社を除く7社(Aを含む。)に対し、独禁法(令和元年法律第45号による改正前のもの)7条2項に基づき、排除措置を命じた(公正取引委員会令和元年(措)第6号。以下「本件排除措置命令」という。)(甲2)。
イ 公正取引委員会は、本件違反行為が独禁法2条6項に規定する不当な取引制限に該当し、独禁法3条に違反するものであり、かつ、独禁法(令和元年法律第45号による改正前のもの)7条の2第1項1号に規定する商品の対価に係るものであるとして、同項に基づき、令和元年7月30日、Aに対し、課徴金として28億9781万円を令和2年3月2日までに国庫に納付するよう命じた(公正取引委員会令和元年(納)第11号。以下「本件課徴金納付命令」という。)。上記課徴金の額は、私的独占の禁止及び公正取引の確保に関する法律施行令(令和2年9月2日政令第260号による改正前のもの)5条1項に基づき算定される平成24年1月28日から平成27年1月27日までの期間(以下「本件実行期間」という。)における合材に係るAの売上額に、独禁法(令和元年法律第45号による改正前のもの)7条の2第1項、第12項、第23項を適用して算出された金額である(甲3)。
(4)Aによる本件課徴金納付命令の一部取消請求訴訟の提起
Aは、令和2年1月29日、公正取引委員会を被告とし、本件課徴金納付命令のうち、18億3417万円を超えて納付を命じた部分について、課徴金算定の対象とならない売上について算定されたものであると主張して、当該部分の取消しを求める取消請求訴訟を提起した(甲13)。
(5)原告による提訴請求と本件訴えの提起
ア 原告は、令和2年10月14日、Aの監査役らに対し、被告らにおいて本件違反行為につき善管注意義務違反があったなどとして、被告らに対する損害賠償責任を追及する訴えを提起するよう請求した。しかし、Aの監査役らは、同年12月11日頃、原告に対し、不提訴理由通知書を送付し、上記提訴請求の日から60日以内に被告らに対する上記訴えを提起しなかった(甲14、15)。
イ 原告は、令和2年12月18日、本件訴えを提起した(顕著な事実)。
2 争点及びこれに関する当事者の主張
本件における争点は、(1)被告Y4が本件合意について取締役としての法令遵守義務に違反したか否か(争点1)、(2)被告Y1が本件合意について取締役としての法令遵守義務に違反したか否か(争点2)、(3)被告Y3が本件合意について取締役としての法令遵守義務に違反したか否か(争点3)、(4)被告Y2が本件合意について取締役としての善管注意義務に違反したか否か(争点4)、(5)損害の有無及びその金額(争点5)であり、これらの争点に関する当事者の主張は、次のとおりである。
(後略)