野村ホールディングス対日本IBM事件
損害賠償請求本訴,報酬等請求反訴控訴事件
【事件番号】 東京高等裁判所判決/平成31年(ネ)第1616号
【判決日付】 令和3年4月21日
【判示事項】 システム開発が頓挫した責は発注者である証券会社側にあり、開発業者には賠償責任はないとした事例
【参照条文】 民法第1編総則第5章法律行為第1節総則
民法521
民法412の2
民法542
民法543
【掲載誌】 判例タイムズ1491号20頁
LLI/DB 判例秘書登載
民法
(契約の締結及び内容の自由)
第五百二十一条 何人も、法令に特別の定めがある場合を除き、契約をするかどうかを自由に決定することができる。
2 契約の当事者は、法令の制限内において、契約の内容を自由に決定することができる。
(履行不能)
第四百十二条の二 債務の履行が契約その他の債務の発生原因及び取引上の社会通念に照らして不能であるときは、債権者は、その債務の履行を請求することができない。
2 契約に基づく債務の履行がその契約の成立の時に不能であったことは、第四百十五条の規定によりその履行の不能によって生じた損害の賠償を請求することを妨げない。
(催告によらない解除)
第五百四十二条 次に掲げる場合には、債権者は、前条の催告をすることなく、直ちに契約の解除をすることができる。
一 債務の全部の履行が不能であるとき。
二 債務者がその債務の全部の履行を拒絶する意思を明確に表示したとき。
三 債務の一部の履行が不能である場合又は債務者がその債務の一部の履行を拒絶する意思を明確に表示した場合において、残存する部分のみでは契約をした目的を達することができないとき。
四 契約の性質又は当事者の意思表示により、特定の日時又は一定の期間内に履行をしなければ契約をした目的を達することができない場合において、債務者が履行をしないでその時期を経過したとき。
五 前各号に掲げる場合のほか、債務者がその債務の履行をせず、債権者が前条の催告をしても契約をした目的を達するのに足りる履行がされる見込みがないことが明らかであるとき。
2 次に掲げる場合には、債権者は、前条の催告をすることなく、直ちに契約の一部の解除をすることができる。
一 債務の一部の履行が不能であるとき。
二 債務者がその債務の一部の履行を拒絶する意思を明確に表示したとき。
(債権者の責めに帰すべき事由による場合)
第五百四十三条 債務の不履行が債権者の責めに帰すべき事由によるものであるときは、債権者は、前二条の規定による契約の解除をすることができない。
主 文
1 IBMの控訴に基づき,原判決を次のとおり変更する。
(1) 本訴事件における野村HD及び野村証券の請求を棄却する。
(2) 反訴事件に基づき,野村HDは,IBMに対し,1億1224万5000円及びこれに対する平成24年10月1日から支払済みまで年6%の割合による金員を支払え。
(3) 反訴事件におけるIBMのその余の請求を棄却する。
2 野村HD及び野村証券の控訴を棄却する。
3 訴訟の総費用は,これを10分し,その1をIBMの負担とし,その1を野村証券の負担とし,その余を野村HDの負担とする。
4 この判決の第1項(2)は,仮に執行することができる。
事 実
第1 当事者の申立て
1 野村HD及び野村証券(以下「野村HDら」という。)
(1) 原判決を次のとおり変更する。
(2) IBMは,野村HDに対し,損害賠償金34億3533万0570円及びこれに対する平成25年6月13日から支払済みまで商事法定利率(本件に適用されるもの。以下同じ。)年6%の割合による遅延損害金を支払え。
(3) IBMは,野村証券に対し,損害賠償金1億8157万8159円及びこれに対する平成24年11月2日から支払済みまで民事法定利率(本件に適用されるもの。以下同じ。)年5%の割合による遅延損害金を支払え。
(4) IBMの反訴事件における請求を棄却する。
2 IBM
(1) 原判決を次のとおり変更する。
(2) 本訴事件における野村HDらの請求をいずれも棄却する。
(3) 野村HDは,IBMに対し,報酬金3億9049万5000円及びうち1億1224万5000円に対する平成24年10月1日から,うち9030万円に対する同年11月1日から,うち1億0605万円に対する同月10日から,うち6300万円に対する同年12月1日から,うち1890万円に対する同月31日から,各支払済みまで商事法定利率年6%の割合による遅延損害金を支払え。
(4) 野村HDらは,IBMに対し,連帯して報酬金又は損害賠償金1億7253万4759円及びこれに対する平成26年4月19日から支払済みまで商事法定利率年6%の割合による遅延損害金を支払え。
第2 事案の概要
1 略語の使用について
本判決においては,本判決別紙1の各号に掲げる略語を,当該各号に定める意味を有するものとして使用する。
2 事案の概要及び訴訟の経過
(1) IBMは,野村HDとの間で,野村証券(野村HDの完全子会社)のSMAFW業務のためのコンピュータシステムについて,パッケージソフト(WM)を利用した開発業務支援等の委託を受ける内容の,開発段階ごとの複数の契約(原判決別紙1の1記載の契約・本件各個別契約)を締結した。本件開発業務は,平成25年1月4日のシステム稼働開始を目標として,平成22年後半から平成24年後半まで継続されたが,目標時期における稼働開始実現にリスクがあると判断されたことから,平成24年8月下旬に一時中断され,同年11月に野村HDが開発を断念した。
本訴事件において,野村HDはIBMに本件各個別契約の債務不履行があったと主張し,野村HDらはIBMに本件開発業務に関する不法行為があったと主張して,IBMに対して総額約36億円の損害賠償を請求する。
反訴事件において,IBMは,野村HDに対して本件個別契約13から15までの未払報酬の支払を請求し,野村HDらに対して個別の合意(本件各個別契約に含まれないもの)や商法512条などを根拠に契約書に記載のない作業報酬を請求する。反訴事件におけるIBMの請求総額は,約5億6000万円である。
(2) 野村HDとIBM間の本件各個別契約は,開発の段階ごとの複数の多段階契約である。その内容は,主に当該開発段階の業務支援を野村HDがIBMに委託するものである。IBMが各開発段階の作業を遂行する債務のほかに,システムを最終的に完成させる債務を負うかどうかが,一つの争点である。
また,パッケージソフト(WM)を利用したシステム開発であるのに,パッケージの標準装備機能で本件システムの機能の大部分をまかなう開発とならず,カスタマイズ量が想定外に増加して,本件開発業務が遅延し,成果物のテスト結果が不良であったことが,野村HDによる本件開発業務断念の誘因となっている。このことについてIBMに債務不履行責任や不法行為責任が発生するかどうかが,一つの争点である。
その他にも,次の第3以下に記載のとおり,多数の争点がある。
(3) 原判決は,不法行為の成立は否定したが,本件各個別契約の一部(本件個別契約13から15まで)がIBMの帰責事由により履行不能になったと判断した。その結果,本訴事件のうち野村HDの請求を16億2078万円の限度で認容し,野村HDのその余の請求及び野村証券の全部の請求を棄却した。また,反訴事件におけるIBMの請求の全部を棄却した。当事者の全員が,各敗訴部分の全部(ただし,附帯請求棄却部分の一部を除く。)を不服として控訴したのが本件である。