金融商品取引法による損失補てん等の禁止
金融商品取引法により、金融商品取引業者・顧客に対して、損失補てん等が禁止されている。
ただし、例外的に、金融商品取引業者の違法・不当な行為による「事故」に対する補償については、許容されている。
◎最高裁判例
最高裁判例は、証券取引法の平成3年改正後は、損失保証、損失補てんの契約を公序に反し無効とし、履行請求できないと解している(最高裁判所第1小法廷判決平成9年9月4日・民集51巻8号3619頁、金融商品取引法判例百選35事件 、最高裁平成15年4月18日・民集57巻4号366頁、金融商品取引法判例百選33事件)。
なお、最高裁判所第1小法廷判決平成9年4月24日(裁判集民事183号263頁、判例タイムズ956号155頁、金融商品取引法判例百選37事件)は、 証券会社の営業部員が、株式等の取引の勧誘をするに際し、取引の開始を渋る顧客に対し、法令により禁止されている利回り保証が会社として可能であるかのように装って利回り保証の約束をして勧誘し、その旨信じた顧客に取引を開始させ、その後、同社の営業部長や営業課長も右約束を確認するなどして取引を継続させ、これら1連の取引により顧客が損失を被ったもので、顧客が右約束の書面化や履行を求めてはいるが、自ら要求して右約束をさせたわけではないなど判示の事実関係の下においては、顧客の不法性に比し、証券会社の従業員の不法の程度が極めて強いものと評価することができ、証券会社は、顧客に対し、不法行為に基づく損害賠償責任を免れないと判示している。現行の金融商品取引法であれば、金融商品取引法39条3項以下の「事故」に該当するかが問題となる事案であろう。
また、證券会社の損失補てんについて、取締役に対する株主代表訴訟事件において、最高裁判所第2小法廷判決平成12年7月7日・民集54巻6号1767頁は、證券会社の損失補てんについて、平成3年改正前の証券取引法には違反しないが、独占禁止法19条(不公正な取引方法)に違反するが、役員に違法性の認識がなかったとしている。
◎金融商品取引業者の損失補てん等の禁止(39条1項)
金融商品取引業者等は、顧客に対して、次に掲げる行為をしてはならない。
39条における「顧客」には、信託会社等(信託会社又は金融機関の信託業務の兼営等に関する法律第1条第1項 の認可を受けた金融機関をいう。)が、信託契約に基づいて信託をする者の計算において、有価証券の売買・デリバティブ取引を行う場合にあっては、当該信託をする者を含む。
① 有価証券の売買その他の取引(買戻価格があらかじめ定められている買戻条件付売買その他の政令で定める取引を除く。)・デリバティブ取引(以下この条において「有価証券売買取引等」という。)につき、当該有価証券・デリバティブ取引(以下この条において「有価証券等」という。)について顧客に損失が生ずることとなり、又はあらかじめ定めた額の利益が生じないこととなった場合には自己又は第三者がその全部又は一部を補てんし、又は補足するため当該顧客又は第三者に財産上の利益を提供する旨を、当該顧客又はその指定した者に対し、申し込み、約束し、又は第三者に申し込ませ、約束させる行為
② 有価証券売買取引等につき、自己又は第三者が当該有価証券等について生じた顧客の損失の全部若しくは一部を補てんし、又はこれらについて生じた顧客の利益に追加するため当該顧客・第三者に財産上の利益を提供する旨を、当該顧客・その指定した者に対し、申し込み、若しくは約束し、又は第三者に申し込ませ、約束させる行為
③ 有価証券売買取引等につき、当該有価証券等について生じた顧客の損失の全部若しくは一部を補てんし、又はこれらについて生じた顧客の利益に追加するため、当該顧客・第三者に対し、財産上の利益を提供し、又は第三者に提供させる行為
◎顧客の損失補てん等の要求等の禁止(39条2項)
金融商品取引業者等の顧客は、次に掲げる行為をしてはならない。
(1) 有価証券売買取引等につき、金融商品取引業者等又は第三者との間で、前項第1号の約束をし、又は第三者に当該約束をさせる行為(当該約束が自己がし、又は第三者にさせた要求による場合に限る。)
(2) 有価証券売買取引等につき、金融商品取引業者等又は第三者との間で、前項第2号の約束をし、又は第三者に当該約束をさせる行為(当該約束が自己がし、又は第三者にさせた要求による場合に限る。)
(3) 有価証券売買取引等につき、金融商品取引業者等又は第三者から、前項第3号の提供に係る財産上の利益を受け、又は第三者に当該財産上の利益を受けさせる行為(前2号の約束による場合であって当該約束が自己がし、又は第三者にさせた要求によるとき及び当該財産上の利益の提供が自己がし、又は第三者にさせた要求による場合に限る。)
◎事故の場合の適用除外(39条3項)
「事故」とは、金融商品取引業者等又はその役員・使用人の違法又は不当な行為であって当該金融商品取引業者等とその顧客との間において争いの原因となるものとして内閣府令で定めるものをいう(39条3項)。
39条第1項の規定は、同項各号の申込み、約束又は提供が「事故」による損失の全部又は一部を補てんするために行うものである場合については、適用しない。
ただし、39条1項第2号の申込み又は約束及び同項第3号の提供にあっては、その補てんに係る損失が事故に起因するものであることにつき、当該金融商品取引業者等があらかじめ内閣総理大臣の確認を受けている場合その他内閣府令で定める場合に限る(39条3項ただし書)。39条第3項ただし書の確認を受けようとする者は、内閣府令で定めるところにより、その確認を受けようとする事実その他の内閣府令で定める事項を記載した申請書に当該事実を証するために必要な書類として内閣府令で定めるものを添えて内閣総理大臣に提出しなければならない(39条5項)。
顧客の損失補てんの要求等の禁止(39条第2項)の規定は、同項第1号又は第2号の約束が事故による損失の全部又は一部を補てんする旨のものである場合及び同項第3号の財産上の利益が事故による損失の全部又は一部を補てんするため提供されたものである場合については、適用しない(39条4項)。
◎投資助言・代理業、投資運用業の同旨の規定
第38条の2 金融商品取引業者等は、その行う投資助言・代理業又は投資運用業に関して、次に掲げる行為をしてはならない。
2号 顧客を勧誘するに際し、顧客に対して、損失の全部又は一部を補てんする旨を約束する行為
(禁止行為)
第41条の2 金融商品取引業者等は、その行う投資助言業務に関して、次に掲げる行為をしてはならない。
5号 その助言を受けた取引により生じた顧客の損失の全部又は一部を補てんし、又はその助言を受けた取引により生じた顧客の利益に追加するため、当該顧客又は第三者に対し、財産上の利益を提供し、又は第三者に提供させること(事故による損失の全部又は一部を補てんする場合を除く。)。
(禁止行為)
第42条の2 金融商品取引業者等は、その行う投資運用業に関して、次に掲げる行為をしてはならない。
6 運用財産の運用として行った取引により生じた権利者の損失の全部若しくは一部を補てんし、又は運用財産の運用として行った取引により生じた権利者の利益に追加するため、当該権利者又は第三者に対し、財産上の利益を提供し、又は第三者に提供させること(事故による損失の全部又は一部を補てんする場合を除く。)。
◎罰則
第198条の3 第38条の2若しくは第39条第1項(これらの規定を第66条の十5において準用する場合を含む。)、第41条の2第2号若しくは第5号又は第42条の2第1号、第3号若しくは第6号の規定に違反した場合においては、その行為をした金融商品取引業者等若しくは金融商品仲介業者の代表者、代理人、使用人その他の従業者又は金融商品取引業者若しくは金融商品仲介業者は、3年以下の懲役若しくは3百万円以下の罰金に処し、又はこれを併科する。
第200条 次の各号のいずれかに該当する者は、1年以下の懲役若しくは百万円以下の罰金に処し、又はこれを併科する。
14号 第39条第2項(第66条の15において準用する場合を含む。)の規定に違反した者
15号 第39条第5項(第66条の15において準用する場合を含む。)の規定による申請書又は書類に虚偽の記載をして提出した者
第207条1項 法人(法人でない団体で代表者又は管理人の定めのあるものを含む。以下この項及び次項において同じ。)の代表者又は法人若しくは人の代理人、使用人その他の従業者が、その法人又は人の業務又は財産に関し、次の各号に掲げる規定の違反行為をしたときは、その行為者を罰するほか、その法人に対して当該各号に定める罰金刑を、その人に対して各本条の罰金刑を科する。
3号 第198条(第4号の2及び第5号を除く。)又は第198条の3から第198条の5まで 3億円以下の罰金刑
5号 第2百条(第12号の3、第17号、第18号の2及び第19号を除く。)又は第201条第1号、第2号、第4号、第6号若しくは第9号から第11号まで 1億円以下の罰金刑
6号 第198条第4号の2、第198条の6第8号、第9号、第12号、第13号若しくは第15号、第200条第12号の3、第17号、第18号の2若しくは第19号、第201条(第1号、第2号、第4号、第6号及び第9号から第11号までを除く。)、第205条から第205条の2の2まで、第205条の2の3(第13号及び第14号を除く。)又は前条(第5号を除く。) 各本条の罰金刑
3 第1項の規定により法人でない団体を処罰する場合には、その代表者又は管理人がその訴訟行為につきその団体を代表するほか、法人を被告人又は被疑者とする場合の刑事訴訟に関する法律の規定を準用する。