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2023年08月11日
日本航空電子工業事件・関税法・外為法に違反する不正取引・輸出は、会社に重大な不利益・損害を及ぼす蓋然性の高い行為であるから、取締役としてこれを支持・承認することは取締役の善管注意義務・忠実義務に違反する。

日本航空電子工業事件・関税法・外為法に違反する不正取引・輸出は、会社に重大な不利益・損害を及ぼす蓋然性の高い行為であるから、取締役としてこれを支持・承認することは取締役の善管注意義務・忠実義務に違反する。

 

 

損害賠償請求(株主代表訴訟)事件

【事件番号】      東京地方裁判所判決/平成4年(ワ)第17649号

【判決日付】      平成8年6月20日

【判示事項】      一 株主代表訴訟において、総額一二億四七〇〇万円余の損害賠償が認められた事例

             二 株主代表訴訟提起前の会社に対する提訴請求における事実の特定の程度

             三 株主代表訴訟において、関税法・外為法違反行為につき、取締役の善管注意義務・忠実義務違反が認められた事例

             四 株主代表訴訟において、取締役としての責任が原因行為の一部に止まる場合に、寄与度に応じた責任の限定が行われた事例

【判決要旨】      一 株主代表訴訟提起前の会社に対する提訴請求は、事案の内容や会社が認識していた事実等を考慮して、会社において、いかなる事実・事項について責任の追及が求められているのかが判断できる程度に特定されていればよい。

             二 関税法・外為法に違反する不正取引・輸出は、会社に重大な不利益・損害を及ぼす蓋然性の高い行為であるから、取締役としてこれを支持・承認することは取締役の善管注意義務・忠実義務に違反する。

             三 取締役の責任が原因事実の一部に止まり、関与の度合も限定されたものである場合、寄与度に応じた因果関係の割合的認定を行うことが合理的である。

【参照条文】      商法267

             商法266-1

             商法254-3

             商法254の3

【掲載誌】        金融・商事判例1000号39頁

             判例時報1572号27頁

             商事法務資料版148号64頁

 

       主   文

 

 一 被告甲野太郎及び被告乙山春夫は、日本航空電子工業株式会社に対し、被告丙川夏夫と連帯して、金四一四〇万円及びこれに対する平成五年一一月二六日から支払済みまで年五分の割合による金員をそれぞれ支払え。

 二 被告丙川夏夫は、日本航空電子工業株式会社に対し、金一二億四七五二万円及びこれに対する平成五年一一月二六日から支払済みまで年五分の割合による金員を(うち第一項の金額の限度では被告甲野太郎及び被告乙山春夫と連帯して)支払え。

 三 原告のその余の請求をいずれも棄却する。

 四 訴訟費用は被告らの負担とする。

 五 この判決は、第一、第二項に限り、仮に執行することができる。

 

       事実及び理由

 

第一 請求

 被告らは、日本航空電子工業株式会社に対し、連帯して金五〇億円及びこれに対する平成五年一一月二六日から支払済みまで年五分の割合による金員を支払え。

第二 事案の概要

 本件は、日本航空電子工業株式会社(以下、「日本航空電子工業」又は「会社」という)の株主である原告が、同社においてF-四ジェット戦闘機に用いられる加速度計・ジャイロスコープ及び同戦闘機搭載用ミサイルの部分品であるローレロンを関税法・外国為替及び外国貿易管理法(外為法)所定の各手続きを経ないで不正に売却・輸出したことが取締役の善管注意義務・忠実義務に違反する行為であり、これにより日本航空電子工業に罰金・制裁金の支払いのほか売上高の減少・棚卸資産の廃棄等の損害を生じさせたとして、被告らに対し、株主代表訴訟により損害賠償の請求をしている事案である。

 一 争いのない事実等

 1 当事者等

 (一) 日本航空電子工業は、航空、宇宙、海洋等の航行、飛翔に関連するシステム、機器、部品の開発、製造、販売等を目的とする、資本金一〇六億三九四三万二五九一円、東京証券取引所第一部上場の株式会社であり、一単位の株式数は一〇〇〇株である。

 (二) 原告は、平成三年四月五日、日本航空電子工業の株式二〇〇〇株を取得し、同年一〇月八日ころから現在に至るまで一〇〇〇株を保有している。同月一八日、原告は同会社の株主名簿に登載された。

 (三) 被告甲野太郎(被告甲野)は、昭和六一年六月二七日、日本電気株式会社の常務取締役から日本航空電子工業の代表取締役副社長となり、昭和六二年六月二六日には同社の代表取締役社長に就任したが、平成三年六月二七日取締役を辞任した。

 被告乙山春夫(被告乙山)は、昭和六〇年六月二七日、日本電気株式会社の支配人から日本航空電子工業の常務取締役(研究部長・光エレクトロニクス推進部長)に就任し、航機事業部長・研究部長・光エレクトロニクス推進部長(昭和六一年六月二七日)、航機事業部長・研究開発本部長・研究開発本部研究部長事務取扱(昭和六二年四月二〇日)、航機事業部長(同年九月二一日)を経て、平成元年六月二九日、専務取締役航機事業部長に就任したが、平成二年六月二八日、航機事業部長を解嘱され、平成三年九月一三日取締役を辞任した。

 被告丙川夏夫(被告丙川)は、昭和三〇年四月一日、日本航空電子工業に入社し、航機事業部長代理(昭和五六年七月一〇日)、航機事業部次長(昭和五九年五月四日)、航機事業部長代行(昭和六〇年六月二七日)を経て、昭和六一年六月二七日に取締役(航機事業部次長)に就任し、昭和六二年四月二〇日に航機営業本部長となったが、平成三年九月一三日取締役を辞任した。

 2 関税法・外為法違反行為

 日本航空電子工業は、昭和五九年三月二八日から昭和六一年九月三〇日までの間、関税法・外為法に違反し、最終仕向地がイランであることを認識しながら、別紙一の一覧表記載のとおり、F-四ジェット戦闘機に使用される加速度計(F-四戦闘機用慣性航法装置部品リットンA-二〇〇Dアクセロメーター)一一七個、ジャイロスコープ二二八個(同部品リットンG-二〇〇ジャイロスコープ二一三個、F-四戦闘機用火器管制装置部品ハネウエルジャイロスコープGG-一一六三・一五個)(申告価格合計八億六五二七万九三九〇円)を税関長・通産大臣の許可を受けることなく、香港ハイエラックス社及びシンガポールエアロシステムズ社に販売し、引渡した。

 また、日本航空電子工業は、昭和六一年一月一〇日から平成元年四月四日までの間、同じく関税法・外為法に違反し、最終仕向地がイランであることを認識しながら、別紙二の一覧表記載のとおり、サイドワインダーミサイル(F-四ジェット戦闘機搭載用空対空ミサイルAM一九型の俗称)の部分品ローレロン三〇七九個(申告価格合計七〇九八万三三七七円、ただし試作品及び返品を含む)を税関長・通産大臣の許可を受けることなく、シンガポールに輸出した。

 3 制裁

 (一) 米国司法省は、平成三年九月四日、日本航空電子工業が加速度計一個・ジャイロスコープ一二八個(G-二〇〇・一二七個、GG-一一六三AA〇一・一個)を同国国務省の許可を受けずにイランに譲渡し又は譲渡させたとして、日本航空電子工業のほか同社の元従業員丁原秋夫、戊田冬夫、甲原松夫を米国コロンビア特別区連邦地方裁判所に、武器輸出管理法・国際武器取引規則違反の罪で刑事訴追を行い、また同国国務省は、同月一〇日、日本航空電子工業について同省管轄の防衛物品及び防衛サービスに関する輸出ライセンス及び技術供与等の許認可を一時停止する旨の行政措置をとった。

 そして、平成四年三月一一日、日本航空電子工業と米国司法省・国務省・商務省との間で司法取引が成立し、同社は、刑事訴追を受けた訴因二二のうち一〇について有罪答弁を行うとともに、罰金一〇〇〇万ドル及び特別課徴金二〇〇〇ドル(司法省)、制裁金五〇〇万ドル(国務省)、和解金四二〇万ドル(邦貨換算額合計二四億八〇三〇万円)をそれぞれ支払った。

 また、右司法取引における合意に基づき、米国国務省は、右一時停止の行政措置を解除した上、改めて平成四年三月一一日から三年間新規輸出許認可申請の禁止措置を行い(但し、終わりの二年間は禁止措置の執行を保留すること、最終使用者が日本政府機関である申請については十分に考慮すること、日本航空電子工業の米国子会社については対象外とすることが併せて合意されている。)、同国商務省は、平成四年月三月一二日から三年間輸出取引を禁止する措置をとった(但し、一般ライセンスについては終わりの三三か月間は禁止措置の執行を保留すること、個別発効ライセンスについては終わりの二年間は禁止措置の執行を保留すること、最終使用者が日本又は米国政府機関である取引については禁止の対象外とすること、日本航空電子工業の子会社は対象外とすることが併せて合意されている。)。

 (二) 東京地方検察庁は、平成三年九月一三日、日本航空電子工業が、昭和六三年一〇月一三日から平成元年四月四日までの間、ローレロン七〇四個をシンガポールに輸出したとして同社を、また、被告ら及び丁原が、昭和六三年五月二二日から平成元年四月四日までの間、ローレロン一三五七個をシンガポールに輸出したとして被告ら及び丁原をいずれも関税法・外為法違反の罪で起訴した。

 平成四年四月二三日、東京地方裁判所は、起訴された公訴事実を全て認めた上、日本航空電子工業に対し罰金五〇〇万円、被告ら及び丁原に対しいずれも懲役二年・執行猶予三年の有罪判決を言い渡し、判決はその頃確定している。

 通産省は、平成三年一〇月二五日、日本航空電子工業に対し、外為法五三条に基づき、同年一一月一日から平成五年四月三〇日までの間全地域を仕向地とする全製品の輸出を禁止する行政処分(輸出禁止処分)を行った。右行政処分は、通産大臣の許可を得ないでした①昭和五九年六月から昭和六一年九月の間の二五回にわたる合計二一三個のジャイロスコープ(G-二〇〇)の不正取引、②昭和五九年三月から昭和六一年二月の間の一四回にわたる合計一一七個の加速度計(A-二〇〇D)の不正取引、③昭和六〇年六月と同年一一月の二回にわたる合計一五個のジャイロスコープ(GG-一一六三AA〇一)の不正取引、④昭和六〇年一一月から昭和六一年八月の間の八回にわたる合計一六七三個のローレロンの不正輸出及び⑤昭和六三年五月から平成元年四月の間の一三回にわたる合計一三五七個のローレロンの不正輸出を対象としていた。

 また、防衛庁は、平成三年一〇月八日、日本航空電子工業に対し、①当分の間、真にやむをえない場合を除き同社との契約を差し控え、②当分の間同庁の新規事業については原則として同社を参加させない旨の通達を出した。このうち、①の措置は、平成四年三月一三日に解除された。

 4 損失等

 日本航空電子工業は、第六二期(平成三年四月から平成四年三月まで)の期末決算において、前記輸出禁止処分に伴う棚卸資産の廃棄損一二億二六〇〇万円、司法取引支払金及び和解金二五億三九〇〇万円を特別損失として計上し、第六三期(平成四年四月から平成五年三月まで)の期末決算において、ライセンスの一時停止により出荷不能となった棚卸資産の廃棄等による損失七億九三〇〇万円(うち、棚卸資産廃棄損六億八四〇〇万円、有価証券評価損一億〇九〇〇万円)を特別損失として計上した。

 なお、日本航空電子工業の第六一期(平成二年四月から平成三年三月まで)の売上高は七七六億四六〇〇万円、経常利益は二五億五四〇〇万円、当期純利益は一〇億六三〇〇万円であったが、第六二期の売上高は七一五億六三〇〇万円、経常損失は三二億八一〇〇万円、当期純損失は三九億二八〇〇万円であり、第六三期の売上高は五九一億七二〇〇万円、経常損失は三二億三〇〇〇万円、当期純損失は三二億五五〇〇万円であった。

 5 提訴手続

 原告は、平成四年七月二九日到達の書面で、日本航空電子工業の監査役である小澤義秀、朝倉哲文及び小池明に被告らの責任を追及する訴えの提起を請求した(第一次提訴請求)。なお、原告は、本件訴え提起後の平成五年一〇月八日到達の書面で、小澤義秀、藤崎迪夫及び小池明に被告らの責任を追及する訴えの提起を請求した(第二次提訴請求)。

 二 本案前の争点

 (被告らの主張)

(後略)

 

 

 

会社法

(役員等の株式会社に対する損害賠償責任)

第四百二十三条 取締役、会計参与、監査役、執行役又は会計監査人(以下この章において「役員等」という。)は、その任務を怠ったときは、株式会社に対し、これによって生じた損害を賠償する責任を負う。

2 取締役又は執行役が第三百五十六条第一項(第四百十九条第二項において準用する場合を含む。以下この項において同じ。)の規定に違反して第三百五十六条第一項第一号の取引をしたときは、当該取引によって取締役、執行役又は第三者が得た利益の額は、前項の損害の額と推定する。

3 第三百五十六条第一項第二号又は第三号(これらの規定を第四百十九条第二項において準用する場合を含む。)の取引によって株式会社に損害が生じたときは、次に掲げる取締役又は執行役は、その任務を怠ったものと推定する。

一 第三百五十六条第一項(第四百十九条第二項において準用する場合を含む。)の取締役又は執行役

二 株式会社が当該取引をすることを決定した取締役又は執行役

三 当該取引に関する取締役会の承認の決議に賛成した取締役(指名委員会等設置会社においては、当該取引が指名委員会等設置会社と取締役との間の取引又は指名委員会等設置会社と取締役との利益が相反する取引である場合に限る。)

4 前項の規定は、第三百五十六条第一項第二号又は第三号に掲げる場合において、同項の取締役(監査等委員であるものを除く。)が当該取引につき監査等委員会の承認を受けたときは、適用しない。

 

(株主による責任追及等の訴え)

第八百四十七条 六箇月(これを下回る期間を定款で定めた場合にあっては、その期間)前から引き続き株式を有する株主(第百八十九条第二項の定款の定めによりその権利を行使することができない単元未満株主を除く。)は、株式会社に対し、書面その他の法務省令で定める方法により、発起人、設立時取締役、設立時監査役、役員等(第四百二十三条第一項に規定する役員等をいう。)若しくは清算人(以下この節において「発起人等」という。)の責任を追及する訴え、第百二条の二第一項、第二百十二条第一項若しくは第二百八十五条第一項の規定による支払を求める訴え、第百二十条第三項の利益の返還を求める訴え又は第二百十三条の二第一項若しくは第二百八十六条の二第一項の規定による支払若しくは給付を求める訴え(以下この節において「責任追及等の訴え」という。)の提起を請求することができる。ただし、責任追及等の訴えが当該株主若しくは第三者の不正な利益を図り又は当該株式会社に損害を加えることを目的とする場合は、この限りでない。

2 公開会社でない株式会社における前項の規定の適用については、同項中「六箇月(これを下回る期間を定款で定めた場合にあっては、その期間)前から引き続き株式を有する株主」とあるのは、「株主」とする。

3 株式会社が第一項の規定による請求の日から六十日以内に責任追及等の訴えを提起しないときは、当該請求をした株主は、株式会社のために、責任追及等の訴えを提起することができる。

4 株式会社は、第一項の規定による請求の日から六十日以内に責任追及等の訴えを提起しない場合において、当該請求をした株主又は同項の発起人等から請求を受けたときは、当該請求をした者に対し、遅滞なく、責任追及等の訴えを提起しない理由を書面その他の法務省令で定める方法により通知しなければならない。

5 第一項及び第三項の規定にかかわらず、同項の期間の経過により株式会社に回復することができない損害が生ずるおそれがある場合には、第一項の株主は、株式会社のために、直ちに責任追及等の訴えを提起することができる。ただし、同項ただし書に規定する場合は、この限りでない。

 

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