第19章 契約解除の要件に関する見直し
第1節 はじめに
契約の解除とは?
契約の解除とは、契約当事者の一方の意思表示によって、契約の効力をさかのぼって消滅させることをいいます。 解除権には、解除の発生原因が、契約と法律のいずれに定められているものであるかによって、「約定解除権」と「法定解除権」の2種類に分けることができます。
解除権の種類
約定解除権とは
契約当事者が、契約で解除の発生原因を定めておくことで、与えられる解除権
法定解除権とは
法律上、定められた発生原因によって与えられる解除権
契約が解除されると、まだ履行されていない債務は、履行する必要がなくなります。 また、既に履行された債務について、原状回復の義務(元に戻す義務)が生じます。 さらに、一方当事者が解除することによって、相手方に損害が生じた場合には、損害賠償責任が生じることもあります。
第2節 解除の要件から「債務者の帰責性」が削除された。
契約解除の要件に関する見直し①
解除の要件から「債務者の帰責性」が削除された。
債務者の帰責事由の要否
旧法543条(履行不能による解除権)は、債務者に帰責事由がない場合には解除が認められないと定めている。そして、伝統的学説は、同条に基づく解除だけでなく解除一般について帰責事由が必要であると解している。
【参照条文(参照条文)】
(履行不能による解除権)
第543条 履行の全部または一部が不能となったときは、債権者は、契約の解除をすることができる。ただし、その債務の不履行が債務者の責めに帰することができない事由によるものであるときは、この限りではない。
しかし、例えば次のような事例で、解除が認められないのは不当ではないか。
買主Aは売主Bからパソコンを仕入れる契約を結んだが、売主Bの工場が落雷による火災(=売主Bに帰責事由がない火災)で焼失し、納期を過ぎても復旧の見込みも立たなくなった。
買主Aとしては、パソコンが納品されないと事業に支障が生ずるので、売主Bとの契約を解除し、同業他社のCと同様の契約を結びたい。
改正法の内容
債務不履行による解除一般について、債務者の責めに帰することができない事由によるものであっても解除を可能なものとする。【新§541、542】
(催告による解除)
第541条 当事者の一方がその債務を履行しない場合において、相手方が相当の期間を定めてその履行の催告をし、その期間内に履行がないときは、相手方は、契約の解除をすることができる。ただし、その期間を経過した時における債務の不履行がその契約および取引上の社会通念に照らして軽微であるときは、この限りでない。
不履行が債権者の責めに帰すべき事由による場合には、解除を認めるのは不公平であるので、解除はできないとしている。【新§543】
(債権者の責めに帰すべき事由による場合)
第543条 債務の不履行が債権者の責めに帰すべき事由によるものであるときは、債権者は、前二条の規定による契約の解除をすることができない。
第3節 催告解除の要件が明確になった
契約解除の要件に関する見直し②
催告解除の要件が明確になった。
問題の所在
旧民法では、催告解除について、「当事者の一方がその債務を履行しない場合において」と定めるのみでした(旧民法541条)。 しかし、判例では、 相当期間経過時の不履行の部分が数量的にわずかである場合や、付随的な債務の不履行に過ぎない場合については、 契約解除を認めない と示されていました(たとえば最判昭和36年11月21日民集15巻10号2507号)。
催告解除の要件に関して、判例を踏まえ、契約および取引通念に照らして不履行が軽微であるときは解除をすることができない旨を明文化する。【新§541】
無催告解除の要件に関して、履行拒絶の意思の明示、(一部の履行はできる場合でも)契約をした目的を達するのに足りる履行の見込みがないこと等の事情があれば解除が可能であることを明文化する。【新§542】
契約解除の可否をめぐるトラブルは、裁判実務における代表的な紛争類型の一つであり、重要な判例が積み重ねられているが、それは旧法の条文からは読み取れない。
改正法の内容
旧法541条の催告解除(履行の催告をしても履行がない場合に認められる解除)と旧法542条・543条の無催告解除(履行の催告を要しない解除)について、判例を踏まえ、それぞれ要件を明文化すべきではないか。
検討課題①(催告解除が制限される要件の明文化)
旧法541条(履行遅滞等による解除権)の文言上は、あらゆる債務不履行について催告解除が認められるように読めるが、
判例は、付随的な債務の不履行や、不履行の程度が必ずしも重要でない場合については、催告をしても解除が認められないとする。このことを適切に明文化すべきではないか。
①付随的な債務の不履行の例
・「長時間連続して使用すると本体に熱がこもり、破損するおそれがある」という使用上の注意を付すことを怠った。
②不履行の程度が必ずしも重要でない場合の例
買主 売主 ・パソコン本体に、目立たない程度の引っ掻き傷がついていた。
無催告解除ができる場合について、現542条・543条は、①ある時期までに履行がなければ契約の目的が達せられない場合において、履行遅滞があったとき(旧法§542)、②履行不能となったとき(旧法§543)を規定。
このほか、③履行を拒絶する意思を明示したときや、④契約の目的を達するのに充分な履行が見込めないときにも、無催告解除が可能であると解されている。
第4節 無催告解除の要件を整理した
検討課題②(無催告解除の要件の明文化)
無催告解除の要件を整理した
無催告解除の要件に関して、履行拒絶の意思の明示、(一部の履行はできる場合でも)契約をした目的を達するのに足りる履行の見込みがないこと等の事情があれば解除が可能であることを明文化する。【新§542】
契約解除の可否をめぐるトラブルは、裁判実務における代表的な紛争類型の一つであり、重要な判例が積み重ねられているが、それは現在の条文からは読み取れない。
改正法の内容
現541条の催告解除(履行の催告をしても履行がない場合に認められる解除)と現542条・543条の無催告解除(履行の催告を要しない解除)について、判例を踏まえ、それぞれ要件を明文化すべきではないか。
検討課題①(催告解除が制限される要件の明文化)
旧法541条(履行遅滞等による解除権)の文言上は、あらゆる債務不履行について催告解除が認められるように読めるが、判例は、付随的な債務の不履行や、不履行の程度が必ずしも重要でない場合については、催告をしても解除が認められ
ないとする。このことを適切に明文化すべきではないか。
①付随的な債務の不履行の例
・「長時間連続して使用すると本体に熱がこもり、破損するおそれがある」という使用上の注意を付すことを怠った。
②不履行の程度が必ずしも重要でない場合の例
・パソコン本体に、目立たない程度の引っ掻き傷がついていた。
無催告解除ができる場合について、現542条・543条は、①ある時期までに履行がなければ契約の目的が達せられない場合において、履行遅滞があったとき(旧法§542)、②履行不能となったとき(旧法§543)を規定。
このほか、③履行を拒絶する意思を明示したときや、④契約の目的を達するのに充分な履行が見込めないときにも、無催告解除が可能であると解されている。
そこで、改正により、これらを明確にするために、次のように、無催告解除の要件を場面ごとに整理しました。
債務の全部または一部の履行不能の関係を明確化
①債務の履行が全部不能となった場合
契約全部の無催告解除可
(542条1項1号)
②債務の一部が不能となった場合
契約の一部の無催告解除可
(542条2項1号)
②債務の一部が不能となった場合
残存部分では契約の目的を達することができなければ、
契約全部の無催告解除可
(542条2項3号)
債務者が債務の履行を拒絶する意思を明確にした場合を明確化
①債務の全部を履行拒絶している場合
契約全部の無催告解除可
(542条1項2号)
②債務の一部の履行を拒絶している場合
契約の一部の無催告解除可
(542条2項2号)
これらに加えて、 「債務者がその債務の履行をせず、債権者が前条の催告をしても契約をした目的を達するのに足りる履行がされる見込みがないことが 明らかであるとき」に無催告で解除することができます(民法542条1項5号)。
(催告によらない解除)
第542条 次に掲げる場合には、債権者は、前条の催告をすることなく、直ちに契約の解除をすることができる。
⑴~⑷ (略)
⑸ 前各号に掲げる場合のほか、債務者がその債務の履行をせず、債権者が前条の催告をしても契約をした目的を達するのに足りる履行がされる見込みがないことが明らかであるとき
もっとも、同条号については、適用対象が必ずしも明確とはいえません。 今後の判例や学界における議論の動向を確認する必要があるでしょう。
改正された民法では、債務不履行を理由として契約を解除するために、相手方の帰責性(責任)は不要となりました(民法541~542条)。