民法(債権法)の平成29年改正その19 第20章 契約不適合責任に関する改正点
第20章 契約不適合責任に関する改正点
第1節 はじめに
契約不適合責任とは、民法改正により、従来の瑕疵担保責任が廃止され、新たに登場した売主または請負人の責任です。
これに伴い、買主が行使できる権利が増えたり、行使期間が延長されたりします。
旧民法における「瑕疵担保責任」が、債務不履行とは異なる特別の法定責任だと解釈されていたのに対して、改正後の民法における「契約不適合責任」は、債務不履行責任の一種だとされています。
瑕疵担保責任が廃止された理由
旧民法では、「売買の目的物に隠れた瑕疵があったとき」に、売主は担保責任を負うものとされていました(旧民法570条、566条)。いわゆる瑕疵担保責任と呼ばれていたものです。 今回の改正では、旧民法で「瑕疵」「瑕疵担保責任」と呼ばれていた用語を廃止し、「契約不適合」「契約不適合責任」に改めました。
そもそも、なぜ瑕疵担保責任という制度が契約不適合責任という制度に改正されたのでしょうか? 旧民法の瑕疵担保責任の性質については、学説上の対立がありました。
法定責任説
伝統的な通説では、特定物の売買においては、売主は、契約で定められたその特定のものを引渡せばよい、と考えられていました。そのため、契約で定めたものが、いくらボロボロのものであっても、売主は引渡しさえすれば、あとは責任を負わなくてよいものと理解されていたのです。
しかしながら、目的物がボロボロの状態であれば、買主にとっては不利益です。そこで、このようなケースにおいて、買主を保護するため、「瑕疵担保責任」という法律上特別な売主の責任を作ることで、損害賠償請求権と解除権を買主に付与した、と考えたのです(法定責任説)。
このような立場にたつと、瑕疵担保責任で買主に与えられる権利は、法律が特に定めた損害賠償請求権や解除権だけであり、一般の債務不履行において認められる追完請求権や代金減額請求権は含まれないことになります。
契約責任説
しかし、実際の取引実務では、目的物が「特定物」であるかどうかは必ずしも明らかではありません。 また、「特定物」の取引でも、不具合があれば、売主としては、部品の交換や代替物の納品で済ませることが少なくありませんでした。 そのため、有力な学説では、「瑕疵担保責任は、債務不履行責任としてとらえるべきだ」という考え方も根強くありました(契約責任説)。
このような議論を背景に、今回の改正では、契約責任説にたつに至りました。 そのため、改正された民法の「契約不適合責任」は、「特定物」であるかどうかを問わず適用されます。 また、旧民法の「瑕疵担保責任」では認められていなかった、「追完請求権」や「代金減額請求権」も認められるようになったのです(民法562条、563条)。
契約不適合責任で買主が請求できる権利
「契約不適合責任」のルールが新設されたことにより、買主は、目的物に契約内容と異なる点があることを発見したときは、売主に対して、契約不適合責任として、次の対応を売主に請求することができます(民法562条)。
契約不適合責任で買主が請求できる権利
①履行の追完(目的物の修補・代替物の引渡し・不足分の引渡し)
②代金減額
第2節 買主の権利
売主の瑕疵担保責任に関する見直し①
買主の権利
・ 特定物か不特定物かを区別することなく、売主は売買契約の内容に適合した目的物を引き渡す義務を負い、修補等の履行の追完をすることができることとするのが適切
・ 損害賠償や解除は特別の法定責任とは位置付けず、債務不履行の一般則に従ってすることができることを明示するのが適切(加えて、損害賠償の範囲は「信頼利益」に限定されず、要件を満たせば「履行利益」まで可能となる)
・ 商品に欠陥がある場合に代金の減額で処理される事案も多いことから、買主に代金減額請求権を認めるのが適切
「隠れた瑕疵」の用語
判例は、「瑕疵」は「契約の内容に適合していないこと」を意味するものと理解 → 判例の明文化
※「隠れた」とは、契約時における瑕疵についての買主の善意無過失をいうと解されているが、上記改正法の考え方の下では、当事者の合意した契約の内容に適合しているか否かが問題であるため、「隠れた」の要件は不要。
問題の所在①(瑕疵担保責任の全般的な見直し)
基本的な改正の方向性
買主の権利
商品の種類を問わず、引き渡された商品に欠陥があった場合に買主がどのような救済を受けることができるのか(修補等の請求をすることができるのか等)について、国民に分かりやすく合理的なルールを明示するべきではないか。
「隠れた瑕疵」の用語
「隠れた瑕疵」という用語も、その内容に応じて、分かりやすいものとすべきではないか。
第3節 買主の権利の期間制限
売主の瑕疵担保責任に関する見直し②
瑕疵担保責任の追及は、買主が瑕疵を知ってから1年以内の権利行使が必要(履行済みと考えている売主の保護)とされているが、買主の負担が重すぎるのではないか。【旧法§570、566】
問題の所在②(買主の権利の期間制限)
旧法:権利行使
改正法:不適合の通知
※「権利行使」の意味
判例は、「裁判上の権利行使をする必要はないが、少なくとも売主に対し、具体的に瑕疵の内容とそれに基づく損害賠償請求をする旨を表明し、請求する損害額の算定の根拠を示すなどして、売主の担保責任を問う意思を明確に告げる必要がある。」としている。
買主は、契約に適合しないことを知ってから1年以内にその旨の通知が必要。【新§566】
※「通知」としては、不適合の種類やおおよその範囲を通知することを想定
※別途、消滅時効に関する規律の適用があることに注意が必要。
改正法の内容
買主の権利 【新§562~564】
買主は、売主に、①修補や代替物引渡しなどの履行の追完の請求、②損害賠償請求、③契約の解除、④代金減額請求ができることを明記。
「隠れた瑕疵」の用語 【新§562】
「隠れた瑕疵」があるという要件を、目的物の種類、品質等に関して「契約の内容に適合しない」ものに改める。
改正法の内容
買主の救済方法 |
買主に帰責事由 |
双方帰責事由なし |
売主に帰責事由 |
損害賠償 |
不可 |
不可 |
可能 |
解除 |
不可 |
可能 |
可能 |
追完請求 |
不可 |
可能 |
可能 |
代金減額 |
不可 |
可能 |
可能 |
第4節 買主が請求できる権利が増える
買主が請求できる権利が増える
契約不適合責任では、すでに見たように瑕疵担保責任と比べて買主の請求できる権利が増えています。瑕疵担保責任では、契約解除、損害賠償請求の2つにとどまっていましたが、契約不適合責任では「契約解除」「損害賠償請求」の他に、「追完請求」「代金減額請求」「無催告解除」「催告解除」が可能です。
以下、それぞれの権利について解説します。
第5節 履行の追完請求権
履行の追完請求権とは?
「追完」について、法律辞典(有斐閣)には次のように記載があります。
民法上、法律上必要な要件を備えていないため、一定の効果を生じない行為が後に要件を備えて効果を生じることをいう。
契約の内容に適合しないときに買い主が請求します。建物に不具合があったのに、契約内容にその旨の記載がなければ、買い主は契約後に売り主に不具合を補修請求ができるようになります。以前の瑕疵担保責任では、不具合を知っていたかどうかが争点になっていましたが、今後は契約の内容に記載がなければ、直ぐに請求できることになります。
すなわち、納品したときには、不完全な状態であったため、後から、完全なモノを改めて納品することをいいます。
具体的には、買主は、契約不適合責任として、履行の追完を請求するときは、「修補」「代替物の引渡し」「不足分の引渡し」のいずれかを請求することができます(民法562条)。 つまり、「直してください」「代わりの物を納品してください」「不足している分を納品してください」といった請求ができるようになったのです。
このとき、売主は、買主に不相当な負担を課するものでないときは、買主が請求した方法と異なる方法で追完してもかまいません(民法562条1項但書)。たとえば、買主が「直してください」といったとしても、売主としては、買主に不相当な負担を課するものでなければ「代わりの物を納品します」と言えるのです。 もっとも、「不相当な負担を課するものでないとき」の基準は、不明確ですので今後の裁判例などを注意する必要はあります。
また、契約不適合について、買主に帰責性(責任)がある場合には、履行の追完を請求できません(民法562条2項)
第6節 代金の減額請求権
代金の減額請求権とは?
買主は、履行の追完を請求したにもかかわらず、売主が対応してくれないときは、代金の減額を請求することができます(民法563条)。
代金減額請求とは、契約の内容に適合していないとき、追完請求を求めることができない場合に行使できるものです。そのため、はじめに追完請求を行い、無理な場合は減額請求などをするという流れです。
旧民法では、権利の一部が他人に属する場合の担保責任(旧民法563条)、権利の一部が他人に属する場合の担保責任(旧民法565条)のみ、代金の減額請求が認められていましたが、改正により、広く請求できるようになりました。
もっとも、履行の追完が不能である場合などを除き、履行の追完を請求せずに、いきなり代金の減額を請求することはできませんので注意が必要です(民法563条1項2項)。また、契約不適合について、買主に帰責性(責任)がある場合には、代金の減額を請求できません(民法563条3項)。
第7節 解除権・損害賠償請求権
解除権・損害賠償請求権とは?
今回の改正では、契約不適合責任は、債務不履行責任として考えられるようになりました。 そのため、買主は、売主に対して、 債務不履行の一般ルールに従って、解除・損害賠償を請求することもできます(民法564条)。 旧民法では、解除は、瑕疵によって「契約をした目的を達することができない場合」(旧民法570条)に限られていましたが、本条にそのような制限はありません。
無催告解除
契約の内容に適合しないことで、契約の目的を達成できないときは無催告解除ができます。こちらは、目的を達成できないときに限り行使される権利になるため、多少の不具合で補修できる場合は認められないものになります。
催告解除
追完請求をしたにもかかわらず、売り主側が応じないときに行使できる権利です。減額請求では買い主が納得できないなどのときに、契約自体をなかったものとすることができます。
契約の内容に適合しない場合、「追完請求(補修請求)」「無催告解除」「損害賠償請求」が認められます。さらに追完されない場合は、「代金減額請求」「催告解除」が請求できることになります。
第8節 目的物が契約不適合である場合の権利行使の期間制限
目的物が契約不適合である場合の権利行使の期間制限
旧民法では、瑕疵担保責任に基づく損害賠償・解除について、買主が瑕疵の存在を知った時から1年以内に権利行使をしなければならない、という期間制限が定められていました(旧民法564条、566条3項、570条)。
しかしながら、このような期間制限は、買主の権利を大きく制限することになるのではないか、という意見がありました。他方で、いかなるケースであっても、買主に長期の権利行使期間を認めたのでは、売主としては、長期間、関係証拠を保存しなければならず、大きな負担となります。
そこで、今回の改正では、買主の権利と売主の負担のバランスを図り、次のようなルールとなりました。
第9節 目的物の種類・品質が契約の内容に適合しない場合
目的物の種類・品質が契約の内容に適合しない場合
買主は、その旨を 1年以内に通知しなければ、権利行使(追完請求・代金の減額請求・損害賠償請求・解除)できない。
第10節 目的物の数量・権利が契約の内容に適合しない場合
目的物の数量・権利が契約の内容に適合しない場合
買主は、 期間の制限なく、権利行使(追完請求・代金の減額請求・損害賠償請求・解除)できる
第11節 説明
以下、目的物の種類・品質が契約の内容に適合しない場合と、数量・権利が契約の内容に適合しない場合について解説します。
①目的物の種類・品質が契約の内容に適合しない場合
従来は、1年以内に権利行使する必要がありましたが、今回の改正では、 1年以内に通知をすれば足りるので、買主の権利行使期間が延長されたというものです。 買主としては、1年以内に「目的物の種類が、契約で取り決めた内容と違いました」と通知すれば、その後、いつどのように請求をするのかは自由となります。
②目的物の数量・権利が契約の内容に適合しない場合
売主としては、数量が不足していることや、目的物に担保物件などが付着していることは、 外見上明らかであるので、いつ請求されてもそこまで不利益にはなりません。そのため、期間制限は撤廃されました。
商法上の権利行使期間
もっとも、商法には、民法と異なる権利行使の期間が定められています。 商人間の売買では、買主は、目的物を受け取った後、 遅滞なく検査し、契約不適合を発見したときは直ちに売主に通知しなければ、 契約不適合責任を追及できません(商法526条1項2)。 また、検査で直ちに発見できない契約不適合については引渡し後6か月以内に発見して直ちに通知しなければ責任追及できません(商法526条2項)。 数量が契約に適合していない場合、これは直ちに発見できないものではないので検査時に発見して通知しなければ、 契約不適合責任は追及できません(商法526条2項)。