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2023年10月11日
建築に関する著作物

建築に関する著作物

第1 はじめに
第2 建築の著作物
第3 建築設計図の著作物性 
第4 建築模型
第5 設計図面の複製 
第6 著作権法2条1項15号ロ(複製概念の拡張)
第7 設計図と建築の著作物との関係
第8 著作権法46条
第9 建築の著作物に関する著作者人格権
第10 著作権及び著作者人格権侵害に対する救済

第1 はじめに  
私は、過日、建築設計図面に関して、依頼者である請負業者が作成した設計図を、事件の相手方である施主が設計料等も支払わずに、請負契約等を解除した上、依頼者の作成した設計図を建築確認等に無断で使用し、設計図に従って建物を建てようとしてしまった事件を取り扱った。そこで、著作権法上の差止請求権により、建築工事差止の仮処分をかけるべきか否かという論点に遭遇し(結果として裁判をかける前に設計料等を支払ってもらうことにより和解できた)、建築に関する著作物という問題に興味を持ち、平成7年(1995年)夏に、本レポートをまとめた。本稿で、その後の文献も追加する。

建築に関する著作物としては、建築の著作物と、建築のための設計図書(図形の著作物)、建築模型の3つに分けられる。建築の模型が実際上問題となることは少ない。建築の著作物とは、有体物としての建物ではなく、現実に構築された建築物に表現された観念上の建築の著作物であり、建築設計図書は含まれないと解する(通説)。

第2 建築の著作物

(1) 学説

立法者は、建築の著作物を、美術の範囲に属すれば、要件を過重することなく、著作物性を肯定する(中山信弘『著作権法』75頁(注23))。
通説は、建築の著作物は、歴史的建築物のような建築芸術と評価できるものとされ、単なる実用的な建物ではなく、建築家の文化的精神性が感得されるようなものでなければならないとされ、著作物性のある建築物は全ての建築物の一部に過ぎないと解している(加戸守行『著作権法逐条講義(5訂新版)』121頁、斉藤博『概説著作権法(第3版)64頁、作花文雄『詳解著作権法(第2版)』』(2002年)101頁)。
 加戸守行『著作権法逐条講義(5訂新版)』(2006年)121頁は、建築の著作物の例として、宮殿、凱旋門を挙げる。そうすると、建築の著作物を、美術の範囲に属すると解しているようである。
 建築物は実用目的であり、美的要素がないから著作物性がないのではなく、実用目的のものは産業財産権法で保護すべきであるから、美術の著作物に該当する程度の「芸術性」があるもののみが「建築の著作物」に該当するとする見解もある(中山信弘『著作権法』77頁、80頁。なお、中山信弘説への反対説として、松田政行「建築の著作物の特性と同一性保持権」知財管理57巻3号353頁(2007年))。
 逆に、渋谷達紀『著作権法』48頁は、建築物が意匠法では保護されないことを理由に通説より広く、建築の著作物性を肯定する。なお、建築物を構成する部分については、意匠法による保護を受けることは可能である。

(2) しかし、私見として、現代建築は、建築工学で建築されるのであるから、むしろ学術の範囲に属すると解すべきではなかろうか。

私個人として疑問なことは、歴史的建築物であれば建築芸術とそのまま評価されるのか、という疑問である。たとえば明治時代に建築された赤レンガの建物は芸術的だと現代人は思うかもしれないが、当時にあってみれば、『脱亜入欧』にともなって多く建築された赤レンガの建物などはありふれた建物であり、当時から既に建築の著作物性を具えていたかどうか疑わしい。にもかかわらず、今日においては上記のような建物が建築の著作物性がないとする人は稀であろう。そうすると、時代によって芸術性というのは変遷があるのか、それとも赤レンガの建物が時代の進展にともない取り壊されて、残った建物が稀少性を獲得したからなのか、判らない。そうすると、今日においてありふれた建物と評価されている建物も、時間の経過によって建築の著作物性を獲得することがあるかもしれず、その意味で、建築の著作物性という概念は極めて相対的であると言うことができる。この点は学説が指摘していないようであるので、素朴な疑問として記した。

(3) 福島地決平成3年4月9日・知的裁集23巻1号228頁

著作権法10条1項5号にいう「建築の著作物」とは、現に存する建築物又は設計図に表現されている観念的な建物自体であって、いわゆる建築芸術と見られるものをいい、建築芸術といえるか否かを判断するに当たっては、使い勝手のよさ等の実用性、機能性などではなく、専らその文化的精神性の表現としての建物の外観を中心に検討すべきであるとした上で、当該事案の建築設計図に表現されている観念的な建物につき、それは一般 人をして設計者の文化的精神性を感得させるような芸術性を具えるものとは認められず、いまだ一般 住宅の域を出ないものであるとして、それが建築の著作物に当たることを否定している。

上記判決が文化的精神性、芸術性等の主観的な要素により建築の著作物性を判断しようとしているのは適切ではなく、居住性、実用性、技術性等を勘案した上で、なお建築の著作物性としての創作性がある場合には著作物性を肯定すべきであるとする見解もある(山中伸一『著作権裁判例百選(第2版)』51頁)が、芸術性といい創作性といっても、多分に主観的なものであって、両者は互いに排斥しあうものではなく、単に用語の問題に過ぎないのではないかと思われる。

(4) 大阪地判平成15年10月30日・判例時報1861号110頁(グルニエ・ダイン事件)
 建築の著作物であるということあできるのは建築芸術といい得るような創作性を備えた場合であるとして、グッドデザイン賞を受賞した一般住宅について、建築の著作物性が否定した。
 この点に関して、斉藤89頁は、芸術目的と実用目的は背反するものではないから、両者を比較考量する必要はなく、高度の実用性のある建造物が同時に美的創作物であることは背理ではないとしている。
 

(5)著作物が元から有している著作物性の違いの有無
  通常の著作物 建築の著作物
実用的のみ  ×    ×
ありふれた   ×    ×
創作性あり   ○    ×
芸術性あり   ○    ○

第3 建築設計図の著作物性

(1) 著作権法10条1項6号は、著作物の例として、「地図又は学術的な性質を有する図面 、図表、模型その他の図形の著作物」を掲げている。同号にいう図形の著作物は、図形の形状、模様により学術的な思想又は感情を創作的に表現したものをいい、建築設計図や建築模型はこれに含まれる(中山信弘『著作権法』80頁、渋谷達紀『著作権法』52頁)。 以下、設計図の著作物性に関する裁判例を検討する。

(2) 東京地判昭和52年1月28日・無体裁集9巻1号29頁
原告設計図は、その感覚と技術を駆使して独自に製作したものであるとして、その著作物性を肯定した。

(3) 大阪地判昭和54年2月23日・判タ387号145頁
冷蔵倉庫の設計図面について、一般の住宅、事務所等の建物とは異なり防熱、防湿等の点で特別 の建築工学上の技術を必要とするもので、建築工学上の技術思想を創作的に表現した学術的な性質を有する図面 であり、著作物であるとした。

(4) 東京地判昭和54年6月20日・無体裁集11巻1号322頁
ビル新築工事の設計図書について、表紙及び案内図以外は、建築士としての知識と技術を駆使し、独自に作成した建物の設計図書であり、独創性があることから、著作物に当たるとした。
右裁判例が、客観的に定まった所在、位置をありふれた手法によって表現した案内図等について、そこに何らの独創性を見いだすことはできず、建築士としての知識と技術を駆使しなければ描けないものとは言えないから、図形の著作物とは言えないとした点は正当である。客観的に定まった客体をありふれた手法で表現したにすぎないものは、独創性が認められず、著作物ではないとされるのは、地図等についても確立された裁判例法理である(名古屋高判昭和35年8月17日・高裁刑集13巻6号507頁、富山地判昭和53年9月22日・判タ375号144頁など)。

(5) 横浜地判平成元年5月23日・行裁集40巻5号480頁
マンションの設計図書について、専門的な知識及び経験に基づいて創作されたものであるとして、その著作物性を肯定した。 その控訴審たる東京高判平成3年5月31日・行裁集42巻5号959頁も同旨である。

(6) 福島地決平成3年4月9日・知的裁集23巻1号228頁
建築設計図は、一般に学術的性質を有する図面に当たり、建築家がその知識と技術を駆使して作成した建築設計図は、創作性が認められる限りは著作物に該当するという一般 論を述べた上で、住宅の建築設計図について図形の著作物に該当することを肯定しているが、当該設計図については、創作性が認められないとして、建築の著作物に当たることは否定した。

(7) なお、参考裁判例として、
大阪地判平成4年4月30日・知的裁集24巻1号292頁は、機械(丸棒矯正機)の設計図が、研究開発の過程で得られた技術的知見を反映したもので、機械工学上の技術思想を表現したもので、かつ、その表現内容(寸法及び形状)には創作性があることから、図形の著作物に当たることを肯定している。

第4 建築模型

建築模型は、「地図又は学術的な性質を有する図面、図表、模型その他の図形の著作物」(著作権法10条1項6号)に該当する(中山信弘『著作権法』80頁、渋谷達紀『著作権法』52頁)。


第5 設計図面の複製

(1) 大阪地判昭和54年2月23日・判タ387号145頁
判旨は以下のとおりである。部分引用であっても、当該引用部分が原著作物の本質的な部分であってそれだけでも独創性又は個性的特徴を具えている場合には、著作権侵害が成立する。建築設計図については、設計図の表現によって認識し読みとりえる技術思想、アイディアは工業所有権によって保護されるべきであるから、対比の対象とすべきではなく、全体との関係も忘れてはならず、設計図はその表現形式が本来線や点によって二次元的になされ、極めて技術的機能的な性格を有する著作物であるから、表現方法の選択の余地が狭く、同一の技術を採用すれば自ずから類似の表現を採らざるを得ない点に注意すべきであるとして、本件では同一の技術を採用しているために類似の表現を取っているもので、被告設計図は原告設計図の類似ではないとした。

この点に関しては、上記判決のように解すると、建築設計図が著作物として保護される可能性は極めて少なくなるという批判がされている(半田正夫・特許管理31巻1155頁)が、同じことは地図等についても言えることであり、建築設計図が学術的図面 であることから止むを得ないであろう。

(2) 東京地判昭和54年6月20日・無体裁集11巻1号322頁
ビル建設のための被告設計図について、原告の著作にかかる設計図との間に同一性があり、それに依拠して作成されたものであるとして、その複製物に当たるとした。

同判決は、建築主が、設計請負契約の当然の内容として、又は右契約に基づいて作成された設計図書に従って建築物を建築し得る権能に付随して、建築に当たって通 常必要な部数の写しの交付を建築士に請求し又は自ら写しを作成することができるとは言えても、原告の設計図書に表現された建物の躯体構造等に一部変更を加えて新たな建築確認申請等に必要な設計図書として利用するために、原告設計図書を複製することが許されているとは言えないとした。

また、建築士が他の建築士の設計した設計図書の一部を変更しようとする場合において、当該建築士の承諾が得られなかったときなどには、自己の責任において変更をすることができる旨を定めている建築士法19条の規定は、同条所定の事由があるときは他の建築士は自由に設計図書の一部を変更することができ、その場合には著作権侵害の責めを負わない旨を定めた規定であるという被告の抗弁を採用せず、単に設計図書についての設計についての建築士の責任の所在を定めた規定であると判示しているが、正当である。

(3) 東京地判昭和60年4月26日・判タ566号267頁
ビル新築工事のための被告設計図について、原告の著作に係る設計図を参照して作成されたものであり、一部に差異はあるものの、その同一性を損なわない範囲で原告の設計図に依拠し、これを複製したものであるとした。

(4) 大阪地判平成4年4月30日・知的裁集24巻1号292頁
丸棒矯正機の設計図の基本的構造に関する寸法及び形状部分について、原告設計図のものを被告設計図ではそのまま用いたものであって、同種の技術を用いて同種の機械を製作しようとすればその設計図の表現は自ずから類似せざるをえないという事情によって説明しうる範囲を超えているから、複製権の侵害であると認めている。


第6 著作権法2条1項15号ロ(複製概念の拡張)

(1) 著作権法2条1項15号ロは、建築の著作物につき、建築に関する図面 に従って建築物を完成することが複製に含まれるとして、複製概念を拡張している。

同条の解釈につき、学説上、争いがある。 学説では、上記条文につき、建築設計図に従って建物を建築すること又は建築された建物が、当該設計図の複製又は複製物に当たるとする説もある(生駒正文・著作権研究9号139頁、久々湊伸一『著作権裁判例百選(第2版)』145頁、半田正夫『著作権法概説(第7版)』139頁)。

これに対し、通説は、後掲の裁判例と同様に、設計図の複製は設計図のコピーであって、設計図に従って建物を建築する行為は設計図に表現された観念上の建築の著作物を複製することであると解する説(みなし規定説)として、加戸守行『著作権法逐条講義(5訂新版)』52頁、山中伸一『著作権裁判例百選(第2版)』51頁がある。

著作権法2条1項15号ロが建築設計図に従って建築物を完成することを、設計図の複製と規定せずに、建築の著作物の複製に当たる旨を明文で規定していることから、後者の説が妥当であろう(佐久間重吉『著作権関係事件の研究』(研究会代表秋山稔弘)56頁)。

なお、建築の著作物は、設計図の著作物性とは無関係であり、建築の著作物が著作物性を備えていれば、複製権侵害となることは当然であり、同号は確認的規定であるとする説もある(中山信弘『著作権法』79頁、田村善之『著作権法(第2版)』(2001年)121頁)。

裁判例理論を前提とする限り、建物の建築が設計図の複製に当たると当事者から主張された場合には、その主張は観念上の建築の著作物の複製であるという趣旨であるのか否かを、裁判所は釈明すべきであろう。

(2) 大阪地判昭和54年2月23日・判タ387号145頁
図形の著作物である建築設計図の複製は文書的複製(設計図のコピー等)に限られ、当該設計図に従って建物を建築すること又は建築された建物は、これに当たらないとした。

(3) 福島地決平成3年4月9日・知的裁集23巻1号228頁
図形の著作物としての建築設計図の複製は、著作権法2条1項15号本文所定の有形的な複製に限られ、設計図に従って建物を建築することはこれに当たらない。当該設計図に表現されている観念的な建物が建築の著作物に該当するときは、設計図に従って建物を建築することは観念上の建築の著作物の複製に当たる。しかし、当該設計図に表現されている観念的な建物は未だ一般 住宅の域を出ず、建築の著作物にそもそも該当しないとことを理由として、同設計図に沿った建物を建築することが、その作成者(仮処分申請人)の著作権を侵害することを理由とする建物建築工事差止めの仮処分申請を却下している。

第7  設計図と建築の著作物との関係
上記に関連して、設計図と建築の著作物の関係について、述べる。 上記のように設計図と建築の著作物とは、別個の著作物である。そうすると、設計図は学術的な観点で創作性があればよいのであるから、著作物性が肯定され得るであろうが、設計図が著作物性を有するからといって、それに従って建築された建築の著作物が著作物とは言えない場合も起こり得るかもしれない。建築の著作物の保護の趣旨は、美術的な建築物によって表現された美的な形象を模倣建築から保護しようとする点にあるので、建築の著作物は審美的なもののみに限定されているからである。このように両者で著作物性の有無が異なるとすると、設計図に従って建築された建物が著作権侵害とならない場合も起こり得よう。もし、そのような場合が有り得るとすれば、両者で著作権の有無について判断が別 れる実質的根拠は何かが問題である(佐久間重吉『著作権関係事件の研究』57頁、85頁)。

また、ある建築家が建築設計図を作成することによって、設計図の著作権と建築の著作物の著作権の双方を取得し、その一方のみを他に譲渡した場合には、2つの著作権の関係はどうなるのか、という問題が提起されている(佐久間重吉『著作権関係事件の研究』85頁)。

第8  著作権法46条

(公開の美術の著作物等の利用)
第46条  美術の著作物でその原作品が前条第二項に規定する屋外の場所に恒常的に設置されているもの又は建築の著作物は、次に掲げる場合を除き、いずれの方法によるかを問わず、利用することができる。
二  建築の著作物を建築により複製し、又はその複製物の譲渡により公衆に提供する場合
三  前条第二項に規定する屋外の場所に恒常的に設置するために複製する場合
四  専ら美術の著作物の複製物の販売を目的として複製し、又はその複製物を販売する場合(著作権法46条4号)  すなわち、美術の著作物について、承諾なくして、販売目的での複製、複製物の販売は禁止されている。複製権・譲渡権・頒布権などの侵害となる。


建築の著作物を建築以外の方法で複製することは自由である(著作権法46条2号)。したがって、写真に撮影したり、絵画・絵はがきにして売ったり、映画・放送・録画したりすることは自由である(中山信弘『著作権法』297頁、田村善之『著作権法(第2版)』(2001年)211頁、佐野文一郎・鈴木敏夫『改訂新著作権法問答』63頁など)。
しかし、例えば大阪万博の太陽の塔のように、建築の著作物ではなく美術の著作物であるとすれば、絵はがき等による複製についても権利主張できることになる(著作権法46条4号、前掲『改訂新著作権法問答』252頁、中山信弘『著作権法』297頁、田村善之『著作権法(第2版)』(2001年)211頁)。
当該建築の著作物が同時に美術の著作物に当たる場合には、46条4号の解釈としては当然ということになろう。

もっとも、美術の著作物に当たらない場合でも、建築家の創作した建築著作物の写真集を作成販売する行為などは「もっぱら美術の著作物の複製物の販売を目的として複製する場合」(著作権法46条4号)を類推適用して、これを防ぐべきであるという考えもある(久々湊伸一『著作権法』(東季彦監修)187頁)。

 著作権法46条2号3号は複製権(21条)を始めとする著作権(23条1項2項、26条1項、26条の2第1項、26条の3、27条、28条)の制限である。すなわち、自由利用が許容されている(渋谷達紀『著作権法』371頁~374頁)。
模倣建築は「建築による複製」に該当し、複製権(21条)、46条2号で禁止されている(渋谷達紀『著作権法』373頁)。
46条2号により、写真・映画・絵画として、複製・翻案により公衆に提供することは自由である(中山信弘『著作権法』296頁)。
建築によらない複製には、写真撮影や建築模型がある(渋谷達紀『著作権法』373頁)。
46条3号により禁止されている複製には、建築によらない方法による複製も含まれる.例えば、テーマパークに東京スカイツリーの縮小模型を設置するような行為が想定されている(渋谷達紀『著作権法』374頁)。
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第9 建築の著作物に関する著作者人格権

(1) 著作権法17条1項は著作者が著作者人格権(18条1項の公表権、19条1項の氏名表示権、20条1項の同一性保持権)を享有する旨定める。 20条2項2号は、建築物の増築、改築、修繕又は模様替えによる改変の場合には、同一性保持権が制限される旨、明文で規定する。これは建物が居住等に供されるという実用性によるものであるし(加戸守行『著作権法逐条講義(改訂新版)』141頁)、建物の安全性も確保できるから(斉藤博『著作権法概説(第3版)』106頁)である。
 通説は、20条2項2号は実用目的の増改築等に関するもので、美的観点や趣味による増改築等は同一性保持権を侵害すると解している(加戸守行『著作権法逐条講義(5訂新版)』174頁、田村善之『著作権法(第2版)』(2001年)447頁)。
 これに対して、非限定説(中山信弘『著作権法』399頁~400頁)は、20条2項2号の文言上、①「やむを得ない改変」(1号、4号)などのような限定がないし、②対象が「建築の著作物」ではなく「建築物」であるから、美的観点・趣味嗜好による増改築も許されるとする。

(同一性保持権)
第20条  著作者は、その著作物及びその題号の同一性を保持する権利を有し、その意に反してこれらの変更、切除その他の改変を受けないものとする。
2  前項の規定は、次の各号のいずれかに該当する改変については、適用しない。
一  第33条第1項(同条第4項において準用する場合を含む。)、第33条の2第1項又は第34条第1項の規定により著作物を利用する場合における用字又は用語の変更その他の改変で、学校教育の目的上やむを得ないと認められるもの
二  建築物の増築、改築、修繕又は模様替えによる改変
四  前三号に掲げるもののほか、著作物の性質並びにその利用の目的及び態様に照らしやむを得ないと認められる改変


(2) 東京地判昭和52年1月28日・無体裁集9巻1号29頁
旧著作権法下にかかる事案であるが、ビル建設工事の請負会社が、工事の準備段階で設計監理契約を解除された原告会社の設計図の複製物である設計図に自己を設計者として表示して建築確認申請に提出し工事を施工した場合に、当該請負会社が、その注文主と共に、前記設計図の著作者である原告会社の著作者人格権(氏名表示権、現行著作権法19条1項)を侵害したことを肯定した。

旧著作権法18条1項が「他人の著作物を発行又は興行する場合」において当該著作物の氏名称号を変更又は隠匿することを禁止しているにとどまっていることから、旧法下の頒布概念も、著作物の有形的複製物を不特定又は多数の人に交付することをいうと解されていたことから、設計図はその複製物が建築確認申請の正本・副本に各1部添付されて行政庁の建築主事に審査のため提出されるものにすぎず、その後、当該行政庁において公衆がいつでもその内容を閲覧し必要に応じてその複写 物の交付を受け得るものではないから頒布とは言えず、判旨は誤っている点がある(雨宮正彦『著作権裁判例百選(第2版)』115頁、生駒正文・著作権研究9号140頁)。

もっとも、原告は主張していないが、被告の行為が同一性保持権の侵害であると構成すれば、やはり被告の行為は著作者人格権の侵害となることは当然である(生駒・前掲)。裁判例集に登載された裁判例要旨は、「施工した行為が著作者人格権の侵害となる」ということである点からすると、右判決は原告の主張の不備な点を救ったとも思われるが、裁判所としては、やはり釈明をすべきであったろう。

(3) 横浜地判平成元年5月23日・行裁集40巻5号480頁、 控訴審である東京高判平成3年5月31日・行裁集42巻5号959頁
判旨は以下のとおりである。マンションの設計図書に関して、建築の設計図面 は、設計者が設計委託者に対して部数を限って設計図書を提供するのが通 例で、設計図書自体を公表することは通常考えられないが、このことから設計図書について公表権(著作権法18条1項)は否定されない。
委託者がその設計図書を利用して行う建築が1回かつ1棟に限られ、その設計委託契約上の権利義務は相手方の書面 による同意がなければ第三者に譲渡できないものとされていることからすると、設計図書を委託者に提供したことは公衆に提供したことに当たらず、また、建築確認申請に際し設計図書を提出したことも、行政手続のために行政庁に提出したもので、公衆に提供したことに当たらない。
購入希望者のためにパンフレット等に相当詳細な図面 ・配置等が載せられているとしても、それが本件設計図そのものではなく、これらの広告、宣伝等に用いられた図面 が不特定又は特定の者に頒布されたからといって、本件設計図が公表されたことにならない。

したがって、本件設計図書が未公表の段階にあるとして、その著作者が公表権()を有することを認めた。
公表権は著作者人格権に属するものであり、著作権法は、著作権の制限について、第2章第3節第5款に明文の規定を置きながら、同法50条で「この款の規定は、著作者人格権に影響を及ぼすものと解釈してはならない」と規定しているのであるから、法律の明文の規定がないのに、みだりに類推解釈により公表権を制限すべきではなく、また、法律の授権に基づかない公文書開示条例の規定の解釈運用によって、著作権法により与えられた公表権を制限するような結果をもたらすことは許されないとした。
同裁判例が公表権侵害などを理由に情報公開条例に基づく閲覧請求の拒否処分を適法としたことを契機として、著作権法20条4項が新設されたようである(渋谷達紀『著作権法』529頁)。
ただし、著作権法以外に、プライバシーなどを理由とした個人情報保護については、別論である。

(4) 東京地決平成15年6月11日判例時報1840号106頁()ノグチ・ルーム事件)
 建物を解体して移築する行為は、20条2項2号の建築物の増改築等に該当し、同一性保持権を侵害しない判示している。傍論ながら、個人的な嗜好に基づく恣意的な改変や必要な範囲を超えた改変は、同号によっては許容さないとしている。

第10 著作権及び著作者人格権侵害に対する救済

(1)著作権法112条、113条
(差止請求権)
第112条  著作者、著作権者、出版権者、実演家又は著作隣接権者は、その著作者人格権、著作権、出版権、実演家人格権又は著作隣接権を侵害する者又は侵害するおそれがある者に対し、その侵害の停止又は予防を請求することができる。
2  著作者、著作権者、出版権者、実演家又は著作隣接権者は、前項の規定による請求をするに際し、侵害の行為を組成した物、侵害の行為によって作成された物又は専ら侵害の行為に供された機械若しくは器具の廃棄その他の侵害の停止又は予防に必要な措置を請求することができる。
(侵害とみなす行為)
第113条1項  次に掲げる行為は、当該著作者人格権、著作権、出版権、実演家人格権又は著作隣接権を侵害する行為とみなす。
二  著作者人格権、著作権、出版権、実演家人格権又は著作隣接権を侵害する行為によって作成された物(前号の輸入に係る物を含む。)を、情を知って、頒布し、頒布の目的をもって所持し、若しくは頒布する旨の申出をし、又は業として輸出し、若しくは業としての輸出の目的をもって所持する行為

(2) 差止請求権
著作権法112条1項は差止請求権等を規定する。 建物が建築されてしまえば、設計者としては、あとは著作権等の侵害による損害賠償請求権しか実効性がなくなる。そこで、建物が建築されてしまう前に、著作権等に基づく差止請求権を行使した方が、侵害者との間の交渉を極めて有利に進めることができる。著作権に基づく建築工事差止の仮処分が有効であろう。本案訴訟では、民事裁判の現状からして、審理している間に建物が完成してしまうからである。

しかし、裁判例で公表されたものでは、建築工事の差止を認めた例はなく、棄却された例としては、前掲福島地決がある。

(3) 廃棄請求権
著作権法112条2項は、差止に伴う廃棄請求権等を規定する。 差止請求に伴うものであるから、建物が完成してしまえば、もはや侵害行為は考えられないから、廃棄請求権は行使できない(佐久間重吉『著作権関係事件の研究』58頁)。

大阪地判昭和54年2月23日・判タ387号145頁では、原告は口頭弁論終結時までに完成してしまった建物の廃棄請求をしているが、そもそも被告設計図は原告の設計図の複製に当たらないとの理由で請求が棄却されている。

廃棄請求権を行使して、著作権侵害とされる建築途上の建物を廃棄せよという請求がなされた場合には、著作権侵害による損害額(これは設計図により表現された観念上の建築の著作物の複製に当たる場合、設計料、慰謝料等その他の損害額とほぼ同額と考えられよう)に比較して、より巨額の建築費用がかけられているのであるから、両者を比較考量 すると廃棄請求を認容することには、余りに建築主のこうむる損害が大きい場合が有り得るので、問題があると言えよう(加戸守行『著作権法逐条講義(改訂新版)』553頁、佐久間重吉『著作権関係事件の研究』58頁)。外国の立法例(オーストリア、ドイツなど)では、建築が開始された場合には建築差止めをすることができない旨規定されている。もちろん、我が国の著作権法はそのような場合でも廃棄請求権があることを建前として採用している。しかし、実際に差止請求の必要性があるか否かは「その侵害の停止又は予防に必要な措置」といえるか否かが裁判所によって審査されるので、ケースにより妥当な結論を導くことが可能ではないかとされている(加戸守行『著作権法逐条講義(改訂新版)』553頁)。

(4) 損害賠償請求権

1. 著作権法114条は損害の額の推定等について定める。
1個の行為で著作権と著作者人格権を侵害した場合には、訴訟物は2個であり、慰謝料については、損害額の内訳を示す必要がある
(最判昭和61年5月30日・民集40巻4号725頁)。
 
2. 著作権の侵害について 東京地判昭和54年6月20日・無体裁集11巻1号322頁は、設計図書の一部に係る著作権侵害行為による損害の額につき、原告が社団法人日本建築士連合会制定の「建築士の業務及び報酬規程」に従った設計料が通 常使用料に該当すると主張したが、右判決は、右規程に従った設計料が原告の設計図書についての通 常使用料であるとは認めず、建築工事費の3%に相当する額が通 常使用料であるとし、さらに、設計図書の全体についての通 常使用料の額に被侵害部分が全体に占める割合に乗じて算定した。

上記判決の一般論は、私見では疑問である。設計料請求として訴訟物を構成したならば、当然右規程(現在は右規程に代わり建設省告示「標準業務料率表」が制定されている)が算定の根拠の1つとなるので(設計料請求事件の裁判例は右規程・告示に従った金額そのままを設計料とは認めず、算定の1根拠として、右規程等よりも少ない額しか請求を認容しないのが通 例であるが)、同じ社会的事実であるにもかかわらず、訴訟物が異なるの一事をもって、請求認容額が異なるのも不当である(反対、中川淳・後掲193頁)。もっとも、上記事件の判旨によれば、工事費の3%相当額が設計図の通 常使用料であるとしているので、金額的には右規程を準用して減額したのとさほど変わりはない結論になるであろう。

また、東京地判昭和60年4月26日・判タ566号267頁は、設計料相当額の損害賠償、著作者人格権の侵害につき、20万円の慰謝料、8万円の弁護士費用の賠償を認めている。前記東京地判昭和54年6月20日とは異なり、設計料相当額の損害賠償を認めている点で理論的に正当である。しかし、名誉信用上の損害に対する慰謝料として金20万円の賠償しか認めていないのは、前掲東京地判昭和52年1月28日と同じように金額が余りに僅かであり問題である。また著作権事件のように高度に専門的な事件であるにもかかわらず、弁護士費用について、原告請求額が金49万円のところを、金8万円しか認容していない点も不当であると思われる。

(1)著作権法112条、113条
(差止請求権)
第112条  著作者、著作権者、出版権者、実演家又は著作隣接権者は、その著作者人格権、著作権、出版権、実演家人格権又は著作隣接権を侵害する者又は侵害するおそれがある者に対し、その侵害の停止又は予防を請求することができる。
2  著作者、著作権者、出版権者、実演家又は著作隣接権者は、前項の規定による請求をするに際し、侵害の行為を組成した物、侵害の行為によって作成された物又は専ら侵害の行為に供された機械若しくは器具の廃棄その他の侵害の停止又は予防に必要な措置を請求することができる。
(侵害とみなす行為)
第113条1項  次に掲げる行為は、当該著作者人格権、著作権、出版権、実演家人格権又は著作隣接権を侵害する行為とみなす。
二  著作者人格権、著作権、出版権、実演家人格権又は著作隣接権を侵害する行為によって作成された物(前号の輸入に係る物を含む。)を、情を知って、頒布し、頒布の目的をもって所持し、若しくは頒布する旨の申出をし、又は業として輸出し、若しくは業としての輸出の目的をもって所持する行為
6  著作者の名誉又は声望を害する方法によりその著作物を利用する行為は、その著作者人格権を侵害する行為とみなす。

3. 著作者人格権の侵害について 著作者人格権侵害につき、前掲東京地判昭和52年1月28日は、建築主と施工会社に対し、原告の請求が慰謝料各70万円(両被告の不真正連帯債務)のところを慰謝料各20万円だけ認めたが、余りに僅かであって不当である(同旨、生駒正文・著作権研究9号141頁、松尾和子・ジュリスト740号148頁)。

(5) 名誉回復の措置
著作権法115条は名誉回復等の措置を定める。
建築物の土台に、竣工年月日、建築施工者、設計者の各氏名を表示した礎石をはめ込むが通 常であれるが、これは氏名表示権の思想に基づくものであるとされている(久々湊伸一「建築と著作権(二)」日本建築家協会ニュース120号7頁)。
礎石に著作者の氏名が表示されず、かえって侵害をした者が設計者として名を連ねることになる場合が有り得る。
そこで、未だ実例はないが、私見としては、礎石に侵害者が設計者として名を連ねている場合には、名誉回復の措置として、真実の著作者の氏名を礎石に表示することを請求することを認めてもよいと思われる。

〔執筆に当たり参考にした文献〕

● 東京地判昭和52年1月28日・無体裁集9巻1号29頁
(きたむら建築設計事件、〔評釈〕雨宮正彦『著作権裁判例百選(第2版)』114頁、松尾和子・ジュリスト740号146頁、生駒正文・著作権研究9号137頁)
● 大阪地判昭和54年2月23日・判タ387号145頁
(冷蔵倉庫事件、〔評釈〕久々湊伸一『著作権裁判例百選(第2版)』144頁)
● 東京地判昭和54年6月20日・無体裁集11巻1号322頁
(小林ビル設計図書事件、〔評釈〕中川淳『著作権裁判例百選(第2版)』192頁、満田重昭・ジュリスト799号119頁)
● 東京地判昭和60年4月26日・判タ566号267頁(浅野ビル設計図事件)
● 横浜地判平成元年5月23日・行裁集40巻5号480頁、
東京高判平成3年5月31日・行裁集42巻5号959頁
(マンション設計図書情報公開請求事件、〔評釈〕中島徹『著作権裁判例百選(第2版)』126頁)
● 福島地決平成3年4月9日・知的裁集23巻1号228頁
(シノブ設計事件、〔評釈〕山中伸一『著作権裁判例百選(第2版)』50頁)
● 大阪地判平成4年4月30日・判時1436号104頁
(丸棒機設計図事件、〔評釈〕半田正夫・裁判例評論1464号224頁、玉 井克哉『著作権裁判例百選(第2版)』54頁)

・中山信弘『著作権法』(2007年)75頁~80頁、294~297頁、399頁
・渋谷達紀『著作権法』(2013年)47頁~56頁、138頁~139頁、371頁~373頁、528~529頁
・田村善之『論点解析知的財産法(第2版)』(2009年)第7講
・ 斉藤博『概説著作権法(第3版)』64頁、106頁、208頁
・ 半田正夫『著作権法概説(第7版)』97頁、139頁
・ 最高裁事務総局行政局監修『知的財産権関係民事・行政裁裁判例概観』745頁以下、748頁以下、772頁以下、776頁以下
・ 加戸守行『著作権法逐条講義(改訂新版)』38~40頁、93~94頁、553~554頁
・ 加戸守行『著作権法逐条講義(5訂新版)』(2000年)
・作花文雄『詳解著作権法(第2版)』』(2002年)
・ 佐野文一郎・鈴木敏夫『改訂新著作権法問答』63頁、252頁
・ 久々湊伸一『著作権法』(東季彦監修)187頁
・ 『著作権関係事件の研究』(研究会代表秋山稔弘)
・上野達弘「法学教室」323号156頁以下(2007年)

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