第23章 賃貸借
第1節 はじめに
賃貸借契約とは
賃貸借契約は、 「当事者の一方がある物の使用および収益を相手方にさせることを約し、相手方がこれに対してその賃料を支払うことおよび引き渡しを受けた物を契約が終了したときに返還することを約する」 ことによって、効力が生じます(民法601条)。
すなわち、賃貸借契約は、次の3つの要件をみたしたときに成立します。
①当事者の一方がある物の使用および収益を相手方にさせることを約する。
②相手方が①に対して賃料を支払うことを約する。
③相手方が引き渡しを受けた物を契約が終了したときに返還することを約する。
改正前の民法では③が明文化されていませんでしたが、改正によって明文化されました。
【改正の性質】
①従来の判例・一般的な解釈を明文化したもの
旧民法では、借主が、賃貸物件を返還することを約束することによって、賃貸借契約が成立するということは、条文上、明らかではありませんでした。 しかしながら、賃貸借が終了したときに、借主が賃貸物件を返還することは、賃貸借契約の本質的要素です。そこで、改正により、この点が明文化されました。
第2節 敷金
賃貸借終了時のルールの明確化(①敷金)
賃貸借の終了時における敷金の返還等について、民法には規定がない。
この問題を巡る紛争は少なくなく、判例の積み重ねによって紛争解決
問題の所在
市民生活に多くみられるトラブルの解決指針となるルールは民法に明記すべきではないか。
敷金の定義(賃料債務等を担保する目的で賃借人が賃貸人に交付する金銭で、名目を問わない)を明記
敷金の返還時期(賃貸借が終了して賃貸物の返還を受けたとき等)・返還の範囲(賃料等の未払債務を控除した残額)等に関するルールを民法に明記
改正法の内容【いずれも新§622条の2】
【未払債務】
・損害賠償金
・未払の賃料
・原状回復費用 等
賃貸借に当たっては、敷金のほか、地域によって「礼金」「権利金」「保証金」等の名目で金銭が差し入れられることがあり、その目的も様々なものがある。
名目にかかわらず、担保目的であれば敷金に当たると整理。
敷金のルールが明文化された
【改正の性質】
①従来の判例・一般的な解釈を明文化したもの
改正前の民法には、 敷金についての定めがまったくありませんでしたが、今回の改正では、これまで裁判例で確立されていた敷金のルールを明文化しました(民法622条の2第1項)。 まず、敷金の定義について、次のように定義されました(同項)。
賃借人の賃貸人に対する金銭の給付を目的とする債務を担保する目的で賃借人から賃貸人に交付される金員
そのうえで、貸主は、次のいずれかの場合に、敷金から未払いとなっている賃料を控除した(差し引いた)額を、借主に返還しなければならない、と定めています(民法622条の2第1項)。
・賃貸借が終了し、賃貸物の返還を受けたとき
または
・借主が適法に賃借権を譲り渡したとき
改正前から、賃貸借契約では、借主から貸主に、「敷金」が差し入れられることが多く見受けられました。 これは、契約期間中に、
・借主の不払い賃料
・契約終了時の原状回復義務の履行費用
を担保することを目的に差し入れられる金銭です。貸主は、賃貸借契約が終了したときに、上記のような不払い賃料や履行費用を敷金から差し引いて、余った額のみ借主に返金していました。 旧民法には、敷金について民法には定めがなく、解釈上、賃貸借契約とは別個の契約であると考えられていました。
なお、従前、借主が、貸主に金銭の給付を目的とする債務を担保する目的で交付した金員につき、敷金以外に「保証金」といった名目で交付されることがあり、敷金と保証金とで適用されるルールが異なるのかが議論されたことがありました。 しかし、今回の改正により、借主が貸主に金銭の給付を目的とする債務を担保する目的で交付した金員については、「いかなる名目によるかを問わず」、敷金のルールが適用されるものとされています。
第3節 原状回復
賃貸借終了時のルールの明確化(②原状回復)
賃貸借の終了時における賃借物の原状回復の範囲等について、民法には規定がない。
この問題を巡る紛争は少なくなく、判例等の積重ねによって紛争解決
問題の所在
市民生活に多くみられるトラブルの解決指針となるルールは民法に明記すべきではないか。
賃借物に損傷が生じた場合には、原則として賃借人は原状回復の義務を負うが、通常損耗(賃借物の通常の使用収益によって生じた損耗)や経年変化についてはその義務を負わないというルールを民法に明記。【新§621】
改正法の内容
(国土交通省住宅局「原状回復をめぐるトラブルとガイドライン」より)
賃貸借が終了して賃貸物の返還を受けたときに,貸主は賃料などの債務の未払分を差し引いた残額を返還しなければなりません。
通常損耗(賃借物の通常の使用収益によって生じた損耗)や経年変化については原状回復をする必要はありません。
民法のルールをより分かりやすいものとするための改正(基本的なルールの明文化)
通常損耗・経年変化の例
・ 家具の設置による床、カーペットのへこみ、設置跡
・ テレビ、冷蔵庫等の後部壁面の黒ずみ(いわゆる電気ヤケ)
・ 地震で破損したガラス
・ 鍵の取替え(破損、鍵紛失のない場合)
通常損耗・経年変化に当たらない例
(国土交通省住宅局「原状回復をめぐるトラブルとガイドライン」より)
・ 引っ越し作業で生じたひっかきキズ
・ タバコのヤニ・臭い
・ 飼育ペットによる柱等のキズ・臭い
・ 日常の不適切な手入れもしくは用法違反による設備等の毀損
通常損耗についても、借主の原状回復義務の範囲に含める旨を定める場合、通常損耗の具体的範囲について明確にしなければなりません(最判平成17年12月16日判例時報1921号61頁)。
第4節 賃貸不動産が譲渡された場合のルールの明確化
問題の所在
賃貸不動産が譲渡された場合のルールの明確化
例外として、ACの合意のみで賃貸人の地位をAに留保できるが、AC間賃貸借が終了した場合には、BらとCの賃貸借関係に移行する旨を明文化【新§605条の2第2項】
建物を譲渡
A→ C
賃貸人 新賃貸人
↓
B
賃借人
次のような判例法理を明文化する。【新§605条の2第1項・3項】
上記の事例で、賃貸人の地位はAからCに移転
もっとも、CがBに対して賃料請求等をするには、Cへの建物の所有権移転登記が必要(賃借人Bの保護)
【改正の性質】
①従来の判例・一般的な解釈を明文化したもの
賃貸借の契約期間中に、貸主が、賃貸不動産の所有権を第三者に譲渡することがあります。この場合、賃貸借契約における貸主たる地位も、所有権を譲り受けた第三者に移転するのでしょうか?
改正前の裁判例では、賃貸借の対抗要件(賃貸借契約の登記、賃貸物の引き渡し、貸地上に借主名義の登記がなされた建物が存在すること等)を備えた賃貸不動産が譲渡されたときは、原則として、「賃貸人たる地位」は譲渡人に移転するのが合理的である、という解釈が確立していました。 また、裁判例では、賃貸借の対抗要件(賃貸借契約の登記、賃貸物の引き渡し、貸地上に賃借人名義の登記がなされた建物が存在すること等)を備えた賃貸不動産が譲渡されたときは、その不動産について所有権の移転の登記をしなければ、借主に対抗することができないとしていました。
今回の改正では、これらの判例を踏まえて、その旨を明文化しました。
改正法の内容
(多数の)賃借人Bら建物を譲渡
・多数の入居者がいる賃貸マンションなどで、投資法人Cが、入居 賃貸人者のいる優良な賃貸不動産として取得したうえで、入居者との間の賃貸管理を引き続き旧所有者(賃貸人)に行わせるため、1棟ごと旧所有者に賃貸する(入居者は転借人となる)という実務がある。
・現在は、Cに賃貸人の地位が移転してしまうため(判例法理)、多数の賃借人との間で別途合意をする必要あり。
→同意を得るのが煩瑣。もっとも単純に同意不要とすると、AC間賃貸借が終了すると入居者はCに対抗できず、退去を余儀なくされかねない。
投資法人 (多数の)投資家
出資
賃貸借を継続
AC間は賃貸借
<賃貸人の地位の移転の例外(旧所有者への留保) >
※旧法は全員から同意を得ていることが前提。
改正法の内容
例えば、家主Aが賃貸中の建物を第三者Cに譲渡したという事例で、賃借人Bは誰に対して賃料を支払えばよいか、民法には規定がない。
第5節 賃貸借の存続期間の見直し
賃貸借の存続期間の見直し
問題の所在
改正法の内容
現代社会においては、20年を超える賃貸借のニーズあり(例:ゴルフ場の敷地である山林の賃貸借)。
賃貸借の存続期間の上限を50年に伸張
(参考) 物権である永小作権の存続期間は、上限50年(民法§278条1項)
【参照条文】
旧法第604条 (賃貸借の存続期間)
賃貸借の存続期間は、20年を超えることができない。契約でこれより長い期間を定めたときであっても、その期間は、20年とする。
2 (略)
もっとも、借地等については特別法で修正(下記表)
存続期間の上限 |
借地借家法 |
農地法 |
|
|
建物所有目的の土地賃貸借 |
建物賃貸借 |
農地・採草放牧地の賃貸借 |
|
上限なし(原則30年以上) |
上限なし |
上限50年 |
農地・採草放牧地の賃貸借
賃貸借の存続期間は、最長20年に制限(旧法§ 604条1項)
【改正の性質】
②従来、解釈に争いがあった条項を明文化したもの/従来の条項・判例・一般的な解釈を変更したもの
借地借家法の適用のない賃貸借とは?
借地借家法は、次の2種類の賃貸借契約に適用される法律です。
建物についての賃貸借契約
借主が建物を所有することを目的とした土地の賃貸借契約
借地借家法のルールは、民法のルールよりも、借主の地位を手厚く保護するものとなっています。
他方で、これら以外の次のような賃貸借契約は、借地借家法の適用はありません。
動産賃貸借契約……例)レンタカー契約
建物を所有することを目的としない土地の賃貸借契約……駐車場契約・太陽光パネルの設置敷地の賃貸借契約等
存続期間の上限
旧民法では、借地借家法が適用されない賃貸借契約の期間は、 最大20年まで とされていました。つまり、契約で、期間を30年と定めても、民法のルールに従い20年に短縮されることになります。 なぜ、このようなルールが制定されたのかというと、賃貸借契約の期間が20年を超えると、賃貸物の損傷や劣化がひどく、貸主の利益に反するものと考えられたからです。すなわち、賃借物が返還されたときには、無価値となっていたり、高額な原状回復費用がかかったります。これによる貸主の不利益を考慮し、期間が制限されていたのです。
しかしながら、現代社会においては、借地借家法が適用されない賃貸借契約であっても、20年を超える賃貸借契約を締結するニーズが存在します。 このようなニーズがあるにもかかわらず、契約期間の上限が20年とされると、借主は、20年の契約期間経過後において、その賃貸契約を再締結または合意によって更新しなければなりません。 貸主からこれらを拒否されれば、当然ながら、賃貸物を使用・収益し続けることはできません。
たとえば、太陽光パネルの設置敷地の賃貸借契約を締結するケースでは、借主としては、長期にわたって借り続けることを望む場合があります。しかしながら、旧民法では、契約期間の上限が20年であったため、借主は、投資コストを回収する前にパネルを撤去しなければならないという不利益を被ることになりかねません。
そこで、今回の改正では、現代社会における長期の賃貸借契約締結のニーズに応えるため、 借地借家法が適用されない賃貸借契約においても、契約期間の上限を 50年までに伸長しました(新604条1項)。
第6節 賃貸物の修繕に関するルールを見直した
賃貸物の修繕に関するルールを見直した
【改正の性質】
②従来、解釈に争いがあった条項を明文化したもの/従来の条項・判例・一般的な解釈を変更したもの
貸主の修繕義務の見直し
今回の改正では、借主の帰責性(責任)によって修繕が必要となったときは、貸主は修繕義務を負わないことが明文化されました(民法606条1項但書)。
賃貸借契約中に、賃貸物が破損すれば、これを修繕する必要があります。このとき、貸主と借主のどちらが修繕する義務を負うのでしょうか? 旧民法の下でも、賃貸物の修繕は、原則として貸主の義務とされており、これは改正後も変わりません(民法606条1項、旧民法606条1項)。
もっとも、破損した原因が、借主が、賃貸物を不適切な方法で使用したことであるときにも、貸主に修繕義務を負わせることは酷といえます。 この場合、旧民法では、貸主は、損害賠償として、破損した分の修繕費を借主に請求できるにすぎませんでした。改正により、借主の帰責性(責任)によって修繕が必要となったときは、貸主は修繕義務を負わないことが明文化されました。
第7節 借主の修繕権の新設
借主の修繕権の新設
基本的には、貸主が、賃貸物の修繕義務を負いますが、借主が自主的に賃貸物を修繕することは許されるのでしょうか? 今回の改正では、 次の事情があるときは、借主が、賃貸物を修繕することができる ことが明文化されました(民法607条の2第1号)。
借主が、修繕の必要性を貸主に通知したにもかかわらず、貸主が相当な期間内に修繕しないとき
貸主による修繕を待っていられない「急迫な事情」があるとき
借主は、このルールに従って修繕したときは、賃貸人に対し、支出した費用を請求することができます(民法608条1項)。
旧民法には、借主による賃貸物の修繕を認める定めはありませんでした。 そのため、賃貸物を修繕する必要があるときであっても、貸主が、修繕してくれなければ、借主としては修繕をしてもよいのかどうか分からない状況におかれていました。このようなケースで、仮に、借主が修繕をしたことによって、賃貸物の性能や性質が変化してしまったときは、貸主から目的物の損害などを理由とする契約違反を指摘されるリスクもありました。 そこで、今回の改正では、借主による修繕権を明文化するに至ったのです。
第8節 賃貸物が一部滅失したときの、賃料の減額と解除に関するルールを見直した
賃貸物が一部滅失したときの、賃料の減額と解除に関するルールを見直した。
【改正の性質】
②従来、解釈に争いがあった条項を明文化したもの/従来の条項・判例・一般的な解釈を変更したもの
賃料の減額
今回の改正では、賃貸物の一部滅失のみならず、「その他の事由により使用および収益することができなくなった場合において」「使用および収益をすることができなくなった部分の割合に応じて」減額されることとされました(民法611条1項)。 この場合、借主は、貸主に対して、賃料の減額を請求する必要はありません。減額される事由が生じた時点から、当然に減額されます。
旧民法でも、たとえば、一棟建物の事務所兼倉庫を賃借していたが、倉庫だけが焼失してしまったようなケースで、借主は、賃料の減額を請求することができました(旧民法611条1項)。 これは、賃貸物が一部滅失したときに、借主が使用・収益できる価値が小さくなるため、このような価値の対価である賃料も減額することが公平であるためです。 しかしながら、旧民法では、滅失以外の理由で、借主の使用・収益できる価値が小さくなったケースについては何も定めがありませんでした。 滅失以外の理由で、借主の使用・収益出来る価値が小さくなったときも、同じく、賃料を減額することが公平であることから、今回の改正に至りました。
第9節 解除
解除
賃貸借契約の期間中に、賃借物の一部が滅失したときに、残りの賃借物だけでは、借主が契約の目的を達成することができないことがあります。今回の改正では、このようなケースにおいて、借主が、契約を解除することができることになりました(民法611条1項)。
たとえば、運送業者が、事務所兼倉庫を、運送事業を営むために借りていたところ、倉庫が滅失したとしましょう。このとき、借主である運送業者としては、運送物を保管できる屋根付きの倉庫がなければ事業ができないといった事態になりかねません。
このように、賃貸物の一部が滅失したことにより、残りの部分では契約の目的を達成することができないケースでは、借主に、契約を解除する権利を認める必要があります。これを認めなければ、借主は、借りた目的を達成することもできずに、契約期間中、ずっと賃料を支払い続けなければならなくなってしまいます。
旧民法では、借主は、賃借物の滅失について 過失(不注意)がないときに限って、契約を解除することができると定められていました(解除可能な場合を定めた旧民法611条2項が、旧民法611条1項の「賃借人の過失によらないで滅失したとき」を準用していました)。
もっとも、このような借主の過失(不注意)による滅失については、別途、貸主から借主に対して、損害賠償を請求することで解決すれば足りるのではないか、なにも、借主に借りた目的を達成できない契約を継続させる必要はないのではないか、という意見があがりました。 そこで、今回の改正では、このような意見をふまえて、借主の過失(不注意)を問わず、契約を解除することができるに至りました。
第10節 賃貸借が終了したときに、原状回復・収去義務のルールが明文化された
賃貸借が終了したときに、原状回復・収去義務のルールが明文化された。
【改正の性質】
①従来の判例・一般的な解釈を明文化したもの
今回の改正では、これまで裁判例で確立されていた次のような解釈を明文化しました(民法621条)。
賃借人は、原則、賃貸物の原状回復義務を負う。
ただし、通常損耗・賃借人の帰責性のない損傷については負わない。
原状回復義務とは
原状回復義務 とは、賃貸借契約が終了した後、借主が、貸主に賃貸物を、契約を締結した時の原状に戻して返還する義務のことです。 すなわち、借主は、賃貸物を返還するとき、
・損傷している部分があれば修復する
・賃貸物に付属させた動産などがあれば撤去する
という義務を負うことになります。
旧民法では、このような原状回復義務は、賃貸借契約の性質上、借主が、当然に負う義務と考えられており、明文化されていませんでした。ちなみに、「借主は、借用物を原状に復して、これに付属させたものを収去することができる」(旧民法616条、598条)という文言上は借主の権利として規定されていました。 今回の改正では、このような従来の解釈を明文化するに至りました。