第3章 協議・合意制度の新設
改正法により,刑事訴訟法第350条の2ないし第350条の15において,協議・合意制度が新設されました。同制度は,「日本版司法取引」とも呼ばれています。
同制度により,検察官が,一定の場合に,被疑者または被告人との間で,当該被疑者または被告人が他人の刑事事件について真実の供述や証拠の提出等の協力行為をし,かつ,検察官が当該被疑者または被告人自身の事件について公訴を提起しないなどの有利な取扱いをすることを内容とする合意をすることが可能となりました。
同制度の適用の要件及び効果については,各条項に詳細に規定されているところ,改正法の施行後間もなくして,実際に同制度の適用事例も現れていることから,その要件面,効果面での各ポイントを以下に示しておきたいと思います。
1,要件面でのポイント
ア 合意の成立に当たって裁判所の関与がないこと
合意の当事者は検察官と被疑者または被告人であり(なお,刑事訴訟法第350条の3において,弁護人による同意等の関与が求められています。),その成立に当たって裁判所の関与はありません。
イ 適用対象について罪名による限定が存在すること
合意は,被疑者または被告人が協力行為をする他人の刑事事件,当該被疑者または被告人自身の事件の双方が,「特定犯罪」に該当する場合に可能となります。
ここにいう「特定犯罪」は,刑事訴訟法第350条の2第2項に列挙されており,大まかに財政経済犯罪と薬物銃器犯罪に分けられます。
また、殺人,傷害等の生命,身体に対する罪,死刑または無期の懲役若しくは禁錮に当たる罪等は,重大な法益侵害を内容とする事件や被害感情の強い事件を合意の対象とすることが相当でないとの考慮から,「特定犯罪」に含まれていません。
2,効果面でのポイント
ア 検察官が合意に違反した場合
検察官が合意に違反した場合には,被疑者または被告人が協議においてした供述及び当該合意に基づいてした行為により得られた証拠は,原則として証拠能力を有しません(刑事訴訟法第350条の14)。
また,検察官が合意に反して公訴を提起した場合には,当該公訴は判決により棄却されます(同第350条の13第1項)。
イ 被疑者または被告人が合意に違反した場合
被疑者または被告人が合意に違反して虚偽の供述をしまたは偽造若しくは変造の証拠を提出した場合には,改正法により新設された刑事訴訟法第350条の15の虚偽供述等罪または刑法第169条の偽証罪に問われます。
ウ 合意不成立の場合における協議中に顕れた供述の証拠禁止
被疑者または被告人が協議においてした供述は,合意が成立しなかった場合には,証拠能力を有しません(刑事訴訟法第350条の5第2項)。
なお,この協議・合意制度については,共犯者による引込み供述を誘発し,誤判のおそれを生じさせる危険があるため,標的になる被告人(「他人の刑事事件」と言うときの当該「他人」)の弁護人としては,誤判の危険を意識して弁護活動を行う必要があることが指摘されています。