関西電力変電所事件
土地収用補償金請求事件
【事件番号】 最高裁判所第3小法廷判決/平成10年(行ツ)第158号
【判決日付】 平成14年6月11日
【判示事項】 土地収用法七一条と憲法二九条三項
【判決要旨】 土地収用法七一条は、憲法二九条三項に違反しない。
【掲載誌】 最高裁判所民事判例集56巻5号958頁
憲法
第二十九条 財産権は、これを侵してはならない。
② 財産権の内容は、公共の福祉に適合するやうに、法律でこれを定める。
③ 私有財産は、正当な補償の下に、これを公共のために用ひることができる。
土地収用法
(土地等に対する補償金の額)
第七十一条 収用する土地又はその土地に関する所有権以外の権利に対する補償金の額は、近傍類地の取引価格等を考慮して算定した事業の認定の告示の時における相当な価格に、権利取得裁決の時までの物価の変動に応ずる修正率を乗じて得た額とする。
主 文
本件上告を棄却する。
上告人橋本恒太郎が当審において提起した和歌山県田辺市新庄町中橋谷〈番地略〉及び同所〈番地略〉の土地につき強制収用を原因として被上告人への所有権移転登記手続を求める訴えを却下する。
上告費用は上告人らの負担とし、前項の訴えに係る費用は上告人橋本恒太郎の負担とする。
理 由
1 上告代理人赤木淳の上告理由書(総論部分)記載の上告理由第一点のうち憲法二九条三項の違反をいう部分について
(1) 憲法二九条三項にいう「正当な補償」とは、その当時の経済状態において成立すると考えられる価格に基づき合理的に算出された相当な額をいうのであって、必ずしも常に上記の価格と完全に一致することを要するものではないことは、当裁判所の判例(最高裁昭和二五年(オ)第九八号同二八年一二月二三日大法廷判決・民集七巻一三号一五二三頁)とするところである。土地収用法七一条の規定が憲法二九条三項に違反するかどうかも、この判例の趣旨に従って判断すべきものである。
(2) 土地の収用に伴う補償は、収用によって土地所有者等が受ける損失に対してされるものである(土地収用法六八条)ところ、収用されることが最終的に決定されるのは権利取得裁決によるのであり、その時に補償金の額が具体的に決定される(同法四八条一項)のであるから、補償金の額は、同裁決の時を基準にして算定されるべきである。その具体的方法として、同法七一条は、事業の認定の告示の時における相当な価格を近傍類地の取引価格等を考慮して算定した上で、権利取得裁決の時までの物価の変動に応ずる修正率を乗じて、権利取得裁決の時における補償金の額を決定することとしている。
(3) 事業認定の告示の時から権利取得裁決の時までには、近傍類地の取引価格に変動が生ずることがあり、その変動率は必ずしも上記の修正率と一致するとはいえない。しかしながら、上記の近傍類地の取引価格の変動は、一般的に当該事業による影響を受けたものであると考えられるところ、事業により近傍類地に付加されることとなった価値と同等の価値を収用地の所有者等が当然に享受し得る理由はないし、事業の影響により生ずる収用地そのものの価値の変動は、起業者に帰属し、又は起業者が負担すべきものである。また、土地が収用されることが最終的に決定されるのは権利取得裁決によるのであるが、事業認定が告示されることにより、当該土地については、任意買収に応じない限り、起業者の申立てにより権利取得裁決がされて収用されることが確定するのであり、その後は、これが一般の取引の対象となることはないから、その取引価格が一般の土地と同様に変動するものとはいえない。そして、任意買収においては、近傍類地の取引価格等を考慮して算定した事業認定の告示の時における相当な価格を基準として契約が締結されることが予定されているということができる。
なお、土地収用法は、事業認定の告示があった後は、権利取得裁決がされる前であっても、土地所有者等が起業者に対し補償金の支払を請求することができ、請求を受けた起業者は原則として二月以内に補償金の見積額を支払わなければならないものとしている(同法四六条の二、四六条の四)から、この制度を利用することにより、所有者が近傍において被収用地と見合う代替地を取得することは可能である。
これらのことにかんがみれば、土地収用法七一条が補償金の額について前記のように規定したことには、十分な合理性があり、これにより、被収用者は、収用の前後を通じて被収用者の有する財産価値を等しくさせるような補償を受けられるものというべきである。
(4) 以上のとおりであるから、土地収用法七一条の規定は憲法二九条三項に違反するものではない。そのように解すべきことは、前記大法廷判決の趣旨に徴して明らかである。論旨は、採用することができない。
2 その余の上告理由について
所論の点に関する原審の認定判断は、原判決挙示の証拠関係に照らし、正当として是認することができ、その過程に所論の違法はない。論旨は、違憲をいう点を含め、原審の専権に属する証拠の取捨判断、事実の認定を非難するか、又は独自の見解に基づき若しくは原判決を正解しないでこれを論難するものにすぎず、採用することができない。
3 上告人橋本恒太郎の主文第2項の訴えについて
記録によれば、上告人橋本恒太郎は、当審において、平成一〇年八月三一日付け上告の趣旨訂正の申立書により、被上告人に対し、主文第2項記載の訴えを本件損失補償の訴えに追加して併合提起したものである。しかしながら、法律審である上告審においては、新たな訴えの提起は許されない。そして、上記訴えの追加的併合は、本件損失補償請求と同一の訴訟手続内で審判されることを前提とし、専ら併合審判を受けることを目的としてされたものと認められる。したがって、主文第2項記載の訴えは、不適法として却下すべきである。
よって、裁判官全員一致の意見で、主文のとおり判決する。
(裁判長裁判官・濱田邦夫、裁判官・金谷利廣、裁判官・奥田昌道、裁判官・上田豊三)
上告代理人赤木淳の上告理由