第15章 不安をあおる告知に関する取消権の創設(4条3項3号)
社会生活上の経験が乏しいことから社会生活上の重要事項について過大な不安を抱いている消費者に対し、事業者が、その事実を知りつつ不安をあおり、不安の解消に当該消費者契約が必要であると告げ、合理的な判断ができない心情(困惑)に陥った消費者に当該消費者契約を締結させた場合、当該消費者は当該契約を取り消すことができるという規定が創設されました。
この規定は、合理的な判断ができない消費者の心理状態を作出または利用して不必要な契約を締結させる「つけ込み型不当勧誘行為」の1類型に消費者取消権を認めたものです。
例:就活中の学生の不安を知りつつ「このままでは1生成功しない。この就職セミナーが必要」と告げて勧誘する行為など
(2)「社会生活上の経験が乏しいことから」という字句によって、一見すると適用対象が若年者に限定されるようにもみえますが、中高年にも適用される規定です。
「社会生活上の経験が乏しい」とは、社会生活上の経験の積み重ねが当該消費者契約を締結するか否かの判断を適切に行うために必要な程度に至っていないことを意味します。その存否は、事案ごとに、契約の目的となるもの、勧誘の態様などの事情を総合的に考慮して、当該消費者の社会生活上の経験の積み重ねが当該消費者契約を締結するか否かの判断を適切に行うために必要な程度に至っていなかったか否かを、個別具体的に検討することになります。
若年者の場合には、一般的に本要件を満たします。中高年であっても、当該事案において当該消費者の社会生活上の経験の積み重ねが当該消費者契約を締結するか否かの判断を適切に行うために必要な程度に至っていなかったと認められる場合には該当します。また、霊感商法など勧誘の態様に特殊性がある消費者被害については、通常の社会生活上の経験しかない消費者では通常は対応困難であることから、一般的に本要件に該当します。
この点、本要件の実務上の運用については、本規定の適用範囲を不当に狭いものとしないよう、社会生活上の重要な事項に過大な不安を抱いていた消費者が、事業者から当該不安をあおる告知をされて困惑し、当該契約の締結に至ったという事案であれば、当該契約を締結するか否かの判断において当該消費者が積み重ねてきた社会生活上の経験による対応は困難だったものと事実上推認する解釈・運用が合理的と思われます。
(3)「過大な不安」とは、消費者の誰もが抱くような漠然とした不安では足りないということであり、当該消費者が通常より大きい心配をしている心理状態であれば該当します。
(4)問題とされる事業者の行為は、正当な理由なく、消費者に将来生じ得る不利益を強調したり、不安の解消には当該契約が必要である旨を繰り返し告げたりして、契約を勧誘する行為です。黙示に告げる場合や動作やしぐさで暗に伝える場合も含まれます。一方、統計資料など客観的な裏付け資料に基づく数字の告知や、科学的根拠に基づく事実の告知は、正当な理由があるので除外されます。
(5)「困惑」とは、合理的な判断ができない心理状態を言い、「事業者の行為で困ってしまう」という心理状態であることを要しません。
(2)社会生活上の経験不足を利用した不安をあおる告知
消費者が社会生活上の経験が乏しいことから、社会生活上の重要な事項(進学・就職・結婚等)または身体の特徴または状況に関する重要な事項(容姿・体型等)に対する願望の実現に過大な不安を抱いていることを、当該事業者が知りながら、その不安をあおって、正当な理由なく、当該消費者契約が当該願望を実現するために必要であると告げる行為(改正法4条3項3号)。
例えば、事業者が、若い女性にアンケートを依頼した後、店舗に案内して「肌が大変なことになっている。今なら手の打ちようもある。」と言われ、高額な化粧品セットを購入したような場合です。
これはエステや就職セミナーなどで、消費者の不安をあおり、その不安につけ込んで化粧品や情報商材などを売り込む商法などを主にターゲットにしたものです。