第20章 強引な勧誘行為に関する困惑取消の拡張(4条3項7号、8号)
事業者が契約の締結に先立って契約の履行に相当する行為を実施したうえで消費者に契約締結を求めたり、事業者が契約の締結に先立って行った準備活動等の代償として契約締結を求めたりして消費者を困惑させて契約させた場合には、当該消費者は当該契約を取り消す情を抱いているものと誤信している消費者に対し、事業者が、その事実を知りつつ、当該消費者契約を締結しなければ勧誘者との関係が破綻することになる旨を告げ、合理的な判断ができない心情(困惑)に陥った消費者に契約を締結させた場合には、当該消費者は契約を取り消すことができるという規定が創設されました。この規定も「つけ込み型不当勧誘行為」の1類型に消費者取消権を認めた規定です。
例:消費者の恋愛感情を知りつつ「契約してくれないと関係を続けない」と告げて勧誘する行為(いわゆる恋人商法)など
(2)この規定の「社会生活上の経験が乏しいことから」という字句も、適用対象を若年者に限定する趣旨ではありません(中高年にも適用されます)。
「社会生活上の経験が乏しいことから」の意義は、3号部分で前述のとおりです。本要件の実務上の運用は、本規定の適用範囲を不当に狭くしないよう、勧誘者に対して好意の感情を抱き、かつ、勧誘者も同様の感情を抱いていると誤信している消費者が、事業者から人間関係を維持するためには当該契約の締結が必要である旨を告げられて合理的な判断ができない心情(困惑)に陥り、当該契約の締結に至ったという事案であれば、当該契約を締結するか否かの判断において当該消費者が積み重ねてきた社会生活上の経験による対応は困難であったものと事実上推認する解釈・運用が合理的と思われます。
(3)「恋愛感情」は例示であり、「その他好意の感情」には、親しい友人、先輩・後輩、実の親子のような関係など、一般的な他者への感情を越えた親密な感情を広く含みます。
いわゆる「親切商法」の事案において独居老人が世話を焼いてくれる販売員を実の子どものように信頼しているといった感情も含まれます。
(4)勧誘者も同様の感情を抱いているものと誤認する場合には、取り消すことができるという規定が創設されました。
(5)契約締結前に義務の内容を実施する行為
消費者が消費者契約の申込みまたはその承諾の意思を表示する前に、当該消費貸借契約を締結したならば負うこととなる義務の内容の一部または全部を事業者が実施し、その実施前の原状の回復を著しく困難にする行為(同項7号)。
例えば、「さおだけ商法」のように、竿竹屋を呼び止めて値段を聞くと、それには答えずに「長さは?」と言うので庭に案内し、今使っているものと同じと答えると、先に寸法を合わせてさお竹を切られてしまい、これに困惑して断りにくくして契約締結させられたような場合がこれに該当します。
(6)消費者契約の締結を目指した事業活動を実施する行為
消費者が消費者契約の申込みまたはその承諾の意思を表示する前に、事業者が当該消費者契約の締結を目指した事業活動を実施した場合において、正当な理由がある場合でないのに、当該事業活動が当該消費者のために特に実施したものである旨、および、当該事業活動の実施により生じた損失の補償を請求する旨を告げる行為(改正法4条3項8号)。
例えば、マンション投資の勧誘電話があり、消費者は断ったが、「会って話だけでも聞いて。」との申出を受けて会ったところ、事業者は、他都市の者であり、会うために多大な労力を費やしたとして、「断わるならせめて交通費を払え。」と告げて困惑させて契約を締結させたような場合がこれに該当します。
⑥ 契約締結前に行った営業活動への補償 請求等
これも「さおだけ商法」と同様に、消費者が契約を承諾する前にいろいろなサービスを提供し、それによって断りにくくして契約締結をせまるような商法を主にターゲットにしたものです。
これらの規定は、不退去・退去妨害という身体拘束型の困惑惹起行為に限定されていた困惑取消の対象を、上記の例のような非身体拘束型の困惑惹起行為の一部に拡張したものと評価できます。