インテーク鑑定を実施した後,同じ医師を本鑑定の鑑定人として選任した場合
テーマ:刑事訴訟法,刑事裁判、少年法
東京高等裁判所判決/平成22年(う)第1495号
平成23年8月30日
傷害致死被告事件
【判示事項】 (1) 裁判員裁判対象事件における公判前整理手続において,裁判所が正式な精神鑑定すなわち本鑑定の必要性を探るために職権で行った予備的な鑑定であるいわゆるインテーク鑑定を実施した後,本鑑定を採用した上,上記インテーク鑑定で被告人の責任能力に疑いを生じしめる要素は極めて少ないとして本鑑定は必要ないとした同じ医師を本鑑定の鑑定人として選任しても,本鑑定の鑑定人として公平中立な立場にあることに変わりはなく,鑑定人としての適格性を失うものではないなどとして刑事訴訟法(以下「刑訴法」という。)165条に違反しないとした事例
(2) 裁判員裁判対象事件における公判前整理手続において,裁判所が,公判期日に鑑定人尋問を行う前提として,公判前整理手続期日において,当該鑑定人尋問を円滑に進めることを目的とし,尋問に関する問題点や尋問事項を整理するために実施した鑑定人に対するカンファレンスは,裁判所の心証形成を目的とするものではなく,裁判所が必要な範囲内で関与したにすぎないとして,刑訴法316条の5及び「裁判員の参加する刑事裁判に関する法律」(以下「裁判員法」という。)50条を潜脱するものではないとした事例
【判決要旨】 (1) 公判前整理手続の中で,裁判所が鑑定手続の実施決定をすることが予定されているところ(裁判員法50条),裁判所は,決定をするにあたって事実の取調べをすることができ(刑訴法43条3項),その事実の取調べの方法として証人尋問のほか鑑定を実施することもできるのであって(刑訴規則33条3項),原審裁判所が本件でインテーク鑑定と称し,正式な精神鑑定即ち本鑑定の必要性を探るために職権で行った予備的な鑑定も,もとより適法なものというべきである。そして,弁護人は,インテーク鑑定の結果報告を受けた後,その信用性に疑義を差し挟んで本鑑定の請求を維持することとしたが,裁判所は,インテーク鑑定を通じて整理された精神医学的な争点の検討・判断のためには本鑑定が必要と判断して,請求に係る本鑑定を採用した上,その鑑定人として同じ医師を選任した。このような場合,鑑定人には代替性があるから,もとより,別の医師に本鑑定を依頼することも可能であるが,インテーク鑑定をした同じ医師に対し,更に問診・検査等を行い,資料も追加することにより,あるいはインテーク鑑定についての当事者の意見をも踏まえて,被告人の精神障害等の有無・程度について改めて検討し直すことを依頼することを排斥する理由はない。所論は,既にいったん本鑑定不要との結論を出している以上は鑑定人として公平を欠き適格性がなくなると主張するが,インテーク鑑定は,いずれかの当事者からの依頼によってではなく,裁判所の依頼によって公平中立な立場で行ったものであり,本鑑定においても,専門家としての視点で改めて検討し直した上での結論を出すことが求められているのであって,引き続き公平中立な立場にあることに変わりがなく,鑑定人としての適格性を失うものではない。この点,裁判所が短期間に同じ結論を出させようとするために同じ鑑定人を選任したかのようにいう所論は失当というほかない。加えて,本件にあって,検察官及び弁護人は,裁判所に対し,別の鑑定人を選任するよう求めた形跡はなく,同じ鑑定人により本鑑定が行われることに不服を述べてはおらず,それを前提として追加資料の検討をし意見を述べるなどしているのである。当事者に異論のないことをその都度確認しながら進められていた鑑定人の選任手続が,後に公平の観点から違法,不当とされるいわれはないものというべきである。
(2) 裁判員法50条1項,3項で「鑑定の経過及び結果の報告」を禁止する趣旨は,鑑定書の提出等の「鑑定の経過及び結果の報告」が,現実に裁判官の実体に関する心証に影響を与え,予断排除の原則に抵触する危険があるためと解されるところ,本件において,裁判所は,鑑定の結果は鑑定人に公判期日において口頭で報告させることとし,最初に裁判所から鑑定事項の全体にわたり尋問をし,これに答える形でその報告を求めることとしたが,公判廷での尋問を効果的に行うため,検察官や弁護人から疑問について予め質問事項を提出させた上で,カンファレンスにおいては,その質問事項に沿って鑑定人に説明させるに止めているのであって,裁判所から積極的に質問をするなどして鑑定人に対して回答を求めることはせず,公判期日における「鑑定の経過及び結果の報告」のリハーサルといった性質・内容も有してはいない。このカンファレンスは,公判期日における鑑定人尋問を円滑に進めることを目的として,尋問に関する問題点や尋問事項を整理する手続として行われているのであって,裁判所の心証形成を目的とするものではなく,それだからこそ,検察官も弁護人も裁判所の出席を了解していたことが明らかである。このように裁判所が必要な範囲内で関与したにすぎないカンファレンスの手続が,刑訴法316条の5や裁判員法50条を潜脱するものとして違法であったとは到底いえない。
【参照条文】 裁判員の参加する刑事裁判に関する法律50
刑事訴訟法43-3
刑事訴訟法165
刑事訴訟法316の5
刑事訴訟規則33-3
【掲載誌】 高等裁判所刑事裁判速報集平成23年129頁
東京高等裁判所判決時報刑事62巻1~12号72頁