頭蓋骨陥没骨折の傷害を受けた患者の開頭手術を行う医師といわゆる説明義務の範囲
損害賠償請求事件
【事件番号】 最高裁判所第2小法廷判決/昭和56年(オ)第26号
【判決日付】 昭和56年6月19日
【判示事項】 頭蓋骨陥没骨折の傷害を受けた患者の開頭手術を行う医師といわゆる説明義務の範囲
【判決要旨】 頭蓋骨陥没骨折の傷害を受けた患者に対して開頭手術を行う医師は、患者又はその法定代理人に対し右手術の内容及びこれに伴う危険性を説明する義務を負うが、そのほかに、患者の現症状とその原因、手術による改善の程度、手術をしない場合の具体的予後内容、危険性について不確定要素がある場合にはその基礎となる症状把握の程度、その要素が発現した場合の準備状況等についてまで説明する義務を負うものではない。
【参照条文】 民法709
【掲載誌】 下級裁判所民事裁判例集31巻9~12号1546頁
事案の概要
本件は、10歳の子供が自転車に乗つて遊んでいるうち誤つて転倒し、左側頭部を敷石に打ちつけたため、頭蓋骨陥没骨折があり骨片が脳に刺入している疑いがあるとして開頭手術を受けたところ、出血多量による心不全が原因で死亡した、という事故について、執刀者の不法行為責任、病院設置者の債務不履行責任の有無が問題となつているものである。
ここで紹介するのは、頭蓋骨陥没骨折の傷害を受けた患者の開頭手術を行う医師には、患者又はその法定代理人に対していかなる範囲の説明義務があるか、ということに関する判断の部分である。
説明義務というのは、医師が治療をするにあたつては患者に対して治療行為について説明をしなければならないとする義務である。
患者はいかなる治療を受けるかをみずから決定する権利を有するが(これを患者の自己決定権という)、医学が高度に専門化した現在においては、一般の患者が予め治療行為について十分な理解をしていることは期待しがたいことから、専門家である医師をして治療行為について説明させる必要がある、との考えのもとに認められてきたものである(唄・契約法大系VII66頁、新美・民法の争点342頁など参照)。
もとより、説明義務なる観念が登場したのはごく最近のことであつて、その法的構成(説明義務を治療行為に対する患者の同意の有効要件とみるか、患者の同意とは関係なく端的に説明義務を肯定するか)も確立しているとはいえないが、説明義務の違反があつた場合には、それが医師の患者に対する損害賠償責任の根拠となること自体を否定するものはないように思われる。
問題なのは、むしろ説明義務の範囲いかんということであるが、本判決は、頭蓋骨陥没骨折の傷害を受けた患者に対する開頭手術という治療行為について、その内容及びこれに伴う危険性を説明する義務があるが、そのほかに患者の現症状とその原因、手術による改善の程度、手術しない場合の具体的予後内容等についてまで説明する義務はないと解したものである。
治療行為が開頭手術という緊急性を要求され、かつ、危険性を伴うものであることを考えると異論はないものと思われるが、同種事案の処理について参考となるところが少なくないであろう。
民法
(不法行為による損害賠償)
第七百九条 故意又は過失によって他人の権利又は法律上保護される利益を侵害した者は、これによって生じた損害を賠償する責任を負う。
主 文
本件上告を棄却する。
上告費用は上告人らの負担とする。
理 由
原審の適法に確定した事実関係のもとにおいては、頭蓋骨陥没骨折の傷害を受けた患者の開頭手術を行う医師には、右手術の内容及びこれに伴う危険性を患者又はその法定代理人に対して説明する義務があるが、そのほかに、患者の現症状とその原因、手術による改善の程度、手術をしない場合の具体的予後内容、危険性について不確定要素がある場合にはその基礎となる症状把握の程度、その要素が発現した場合の対処の準備状況等についてまで説明する義務はないものとした原審の判断は、正当として是認することができる。原判決に所論の違法はなく、論旨は採用することができない。