第4章 所有者不明の場合等の土地利用円滑化策の概要(民法改正)
一連の法改正は、令和2年改正土地基本法6条で明記された「土地所有者に土地の利用および管理等に関する「責務」を課す」という考え方のもと、裁判所や登記官が関与する新たな仕組みとともに、土地所有者自身が自主的にアクションを起こせるようなルールも整えることで不動産の適正な管理と利活用を図ろうとするものといえる。
また、一連の法改正は、これまで「対抗要件」という位置付けのもと、当事者の意思に委ねることが原則とされていた不動産登記のあり方を大きく変える可能性を秘めたものでもある注9。
今回の改正の二つの柱である「土地の利用の円滑化を図る方策」(民法改正)と「所有者不明土地の発生を予防する方策」(不動産登記法改正等)のうち、主に前者の「土地の利用の円滑化を図る方策」(民法改正)を取り上げる。
第5章 何が変わり、何ができるようになるのか
―土地利用円滑化に向けた改正
事例1
巨大台風の襲来により、鉄道事業者であるA社が保有していた線路設備が浸水し、甚大な被害が生じた。このため、A社では数百メートル離れた高台に線路を移設すべく、用地取得に着手したが、新ルートを構成するために不可欠な地点に所在する土地の中に、長年相続登記が行われていなかった土地があり、所有者の探索に手間取っているために、工事に着手できない状況が続いている。
事例2
B社は長年、田園地帯の一角で自社工場を操業しているが、地域住民の世代交代に伴い、20年ほど前までは頻繁に交流のあった工場近傍地の所有者とも疎遠な状況が続いている。隣接する土地の中には、ここ数年、人が手入れをしている気配がなく、土地上の樹木の枝が工場敷地内にまで入り込むようになってきたり、朽廃した土地上の作業小屋や投棄資材等が強風で吹き飛んで工場の設備を直撃したりする恐れもあることから、工場の総務担当者は頭を悩ませている。
ここに挙げた二つの事例は、いずれも典型的な「所有者不明土地」注2に起因する問題である。事例1は、所有者を特定できないために、効果的な土地の利用ができない、というケースであり、東日本大震災からの復興を進める中でも、さまざまな地域で指摘されていたことは記憶に新しい注3。
また、事例2は、土地の所有者の所在が不明となったために、土地の管理不全状態が生じて近傍地にもリスクが生じている、というケースであり、これも近年、台風や大雨に伴う二次的な被害の多発等によって顕在化した問題である(都市部で「空き家問題」として報じられる現象も、この一類型といえる)。
Aの「利用の円滑化を図る方策」をどう活用するか、ということが重要になってくる。
現に生じている問題の解決を、これまで企業実務者には極めてハードルが高かった裁判所での訴訟手続や既存の財産管理制度だけに委ねるのではなく、同じ裁判所の手続でも新たに設ける非訟手続により迅速かつ柔軟な解決を図りやすくする、さらには、土地共有者や相隣関係にある土地所有者間のルールを明確化することで当事者間での自主的な問題解決を容易にする、というのがAの方策のキモとなるが、具体的にどう変わるのか、という点について以下で簡潔に紹介させていただくこととしたい。
共有物管理、共有関係解消のための手続等の合理化
所有者不明土地問題の中でも共有状態の土地、特に、数次にわたる相続が生じているにもかかわらず、長年登記未了のまま放置された結果、極めて多数の共有者が存在する状態となった土地が引き起こす問題は全国各地で発生しており、法制審部会においても「メガ共有」注4問題として取り上げられた。
この場合に生じる最大の問題は、実際にその土地を管理している共有者や所在が判明して連絡可能な共有者の間では土地の利用について一定のコンセンサスが形成されているにもかかわらず、不明共有者が存在するためにそれを実現できない、ということにある。
特に、現在の民法は、共有物の「変更」に共有者全員の同意が必要とされている上に(251条)、この「変更」と各共有者の持分の価格の過半数で決することができる共有物の「管理に関する事項」(管理行為、252条)との境界も曖昧だったことから、実務上は、共有者全員の同意が得られないと土地の一時的な利用すら容易には進められない、という状況が存在していた。
この点について改正法は、次のような方法により解決を試みている。
共有物管理・共有物変更の手続合理化
① 共有者全員の同意を必要としない利用類型(共有物の「変更」に該当しない類型)の範囲を明確にした(改正民法251条、252条4項)
② 共有物の管理に関する事項については、裁判所が一定期間の公告や通知を行った上で、不明共有者や催告をしても賛否を明らかにしない共有者を除いた共有者の持分の過半数で決することができる旨の裁判を行うことができるようにした(改正民法252条2項、改正非訟事件手続法85条2項、3項)
③ 裁判所が一定期間の公告を行った上で、不明共有者以外の他の共有者の同意を得て共有物に変更を加えることができる旨の裁判を行うこともできるようにした(改正民法251条2項等、改正非訟事件手続法85条2項)
①はこれまで裁判所の解釈に委ねられていた規定の内容を明確化するもので、土地利用時の手続の予測可能性を高め、当事者間での合理的な対応を促進させるものといえる。また、②、③は、裁判所の関与を必要とする手続ではあるものの、不明共有者等が存在する場合の手続のプロセスが簡便かつ明確になったことで、これまでに比べると、手続を円滑に進めることが容易になると考えられる注5。
さらに、一時的な利用ではなく、恒久的な施設の建設等を行うために「メガ共有」地を取得しようとする場合も不明共有者との関係で手続きが滞ることが多かったが、改正法は金銭の供託を条件に、裁判所での非訟手続により、不明共有者の持分を他の共有者が取得することや(改正民法262条の2)、不明共有者の持分も含めた土地全体を第三者に譲渡させること(改正民法262条の3)を認めた注6。
供託する「不動産(持分)の時価相当額」をどう算定するか等、今後の課題となりうる点は残っているものの、一定の手続を経れば不明共有者がいる土地でも金銭解決を前提に手続を進められる道が開けた注7、という点で、非常に大きな意義のある改正だといえる。