第4章 1|訂正審判等における通常実施権者の承諾要件見直し
旧特許法においては、特許権につき通常実施権が許諾(いわゆるライセンス)されている場合、特許権者が訂正審判請求、特許無効審判における訂正の請求又は特許異議の申立てにおける訂正の請求(以下訂正審判請求と合わせて「訂正審判請求等」といいます。)をするためには、通常実施権者(いわゆるライセンシー)の承諾を得る必要がありました(特許法120条の5第9項及び134条の2第9項がそれぞれ127条を準用。)。
また、実用新案法14条の2第13項においても準用されています。これらの規定の趣旨は、特許権者が誤解に基づいて不必要な訂正審判を請求したり、必要な範囲を超えた請求をすることによる通常実施権者の不測の損害を防止したりする点にあると解されています(特許庁編『工業所有権法(産業財産権法)逐条解説〔第21版〕』469頁)。
このように、訂正審判請求等に通常実施権者の承諾を要するとの規定には一定の合理性はあると考えられる一方で、特許権者(ライセンサー)としては、訂正審判請求等という特許無効の主張に対する有力な対抗策の一つについて制約を課されることは避けたいところです。また、訂正審判請求等を行うという、ある種の緊急事態においてわざわざライセンシーの承諾を取得するという手間を回避したいという実務の要請も無視できません。
そこで、特許権者(ライセンサー)は、特許ライセンス契約において訂正審判請求等にあらかじめライセンシーは承諾するとの条項を規定するよう努めてきました。もっとも、特許法127条のような規定は欧米等には見られませんので、知財部や法務部の方は、海外の企業とライセンス交渉を行う際に、日本特許法の制度を説明し、理解を得るよう努めてこられたことと思います。
ライセンス契約締結に向けて多くの論点が存在するところに加えて、上記のような説明や説得にコストを要していた点で、特許権者(ライセンサー)側からは特許法127条等の規定を疑問視する声がありました。
ここで、訂正の有無とライセンシーの利益についてみてみると、訂正により特許権の権利範囲が減縮されたとしても、減縮後の権利範囲はライセンス契約により適法に実施できることに加え、減縮された部分は自由技術になるため、結局のところ、ライセンシーが実施できる範囲に影響はありません。したがって、特許発明の実施という観点からは、通常はライセンシーの利益を害することはないと考えられます。
以上の状況を踏まえ、本改正では、訂正審判請求等について通常実施権者の承諾を要しないものとされました。したがって、本改正法施行後は、ライセンサーとしては、通常実施権を許諾するライセンス契約において、従前のような承諾条項を規定する必要がなくなり、上記のようなライセンス交渉時におけるconsent条項に関する応酬は生じないことになります。
ただし、海外諸国の中には、少数ながら訂正審判請求等においてライセンシーの承諾を要する国も存在するため、ライセンス対象に他国特許権を含む場合には注意が必要です。
なお、特許権の放棄についても訂正等と同様の改正がなされたこと、実用新案権についても同様の改正がなされていること及び本改正の前後を通じて、専用実施権者又は質権者の承諾は必要であることにご留意ください。
さて、非独占的な通常実施権者にとっては、ライセンス対象特許に係る技術について自社が実施できれば構わないため、一般的には、特に不利益はないといっていいでしょう。
もっとも、独占的通常実施権者は差止請求権を有しないものの、侵害者に対する固有の損害賠償請求が可能と解されていますので、特許権の権利範囲が減縮されると侵害者に対する損害賠償請求の可否又はその範囲・額に影響する可能性があります。そうすると、独占的通常実施権者としては、自己の権利を確保しておくためには、訂正審判請求等をすること又はその内容につきコントロールを及ぼしたいところです。
そこで、ライセンス契約において、以下の2つを規定することが考えられます。
①ライセンサーは訂正審判請求等に先立ってライセンシーの承諾を得ることを義務付けること
②ライセンサーはライセンシーに対して、訂正審判請求等及びこれに対応する審決等の内容を通知すること
もっとも、①の効果については、ライセンサーがライセンシーの承諾を得ることなく訂正審判請求等をしたとしてもこれが却下されることはなく、あくまで契約当事者間における債務不履行の問題が生じるにすぎないものと考えます(私見)。