第10章 事業者が交付すべき書面のデジタル化
改正背景とデジタル化の対象
近年、あらゆる分野についてデジタル化が進められ、新型コロナウイルス感染症の影響で、この動きはますます激しくなっています。特商法の分野でも、昨今、消費者・事業者の外出が制限されていることもあり、対面での契約書等の交付が難しい場面が増えました。
こうした背景から、改正法では、旧法でもデジタル化への対応がされていた通信販売を除き、事業者が交付しなければならない契約書面等について、消費者の承諾を得て、電磁的方法(電子メール送信等)で行うことも可能になりました。
交付書面デジタル化の対象
業務形態 |
根拠条文
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訪問販売 |
改正4条2項・3項 |
通信販売 |
交付書面の規定自体なし (承諾メールについて、通知は旧法13条2項ですでにデジタル化対応済み)
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電話勧誘販売 |
改正18条2項・3項
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連鎖販売契約 |
改正37条3項・4項
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特定継続的役務提供 |
改正42条4項・5項
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業務提供誘引販売取引 |
改正55条3項・4項
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訪問購入 |
改正58条の7第2項・3項
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消費者からの承諾を適法に得るための方法は未確定
書面の交付を電磁的方法に代替する場合、「政令で定めるところにより、当該申込みをした者の承諾を得」る必要があり、今後政施行規則でどのような定めがされるかが重要となります。
事業者が交付するべき書面のデジタル化については、悪徳事業者が法改正を悪用して、消費者が納得しないうちに契約締結に至らせるのではないかという心配の声があがっているほか、高齢者や若者が不利な契約をした場合に周囲が発見できないなどの懸念も指摘されています。こうした懸念点に対応すべく、承諾の取得方法について政施行規則で適切に規定するように附帯決議もなされています。
実際、消費者庁取引対策課の笹路健課長は、政府規制改革推進会議で、「本人が納得していないものは承諾とは言えず、電磁的な交付をしても書面交付義務を満たしたことにならない。(中略)形ばかりの承諾が悪質事業者に利用されることは絶対に阻止することは必須。」「高齢者に配慮する必要があり、原則書面は維持する。」と説明しています。また、消費者の「承諾」が、交付書面のデジタル化によって予想される弊害を回避するためのセーフティネットであることに配慮して、「消費者の承諾」要件を厳格に定めることで消費者トラブルを回避する意向を示しています 2。
さらに、参議院での審議における5月28日の高田潔消費者庁次長答弁の中には、オンラインで完結する取引については電子メールでの承諾を認め、それ以外については紙での承諾を必要とする提案もなされています 3。
そして、仮に適切に承諾をとっていないと判断された場合は、行う事業に応じて懲役または罰金が科せられます(法71条等)。
具体的な承諾取得方法については、今後の議論に委ねられることになっていますが、上記のような議論の状況を踏まえると、消費者の真意に基づく承諾といえるかという観点から、たとえば、デジタル機器に不慣れな高齢者や障がい者およびトラブルに巻き込まれやすい若者に配慮するなどした、厳格なルールが定められることが想定されます。
今後定められる政施行規則によって、書面での承諾を取得することが一律に求められるとしたら、事業者にとっての手続的負担が、書面交付の場合と実質的に変わらないことも考えられます。
交付書面のデジタル化によって、コストの削減やビジネスの可能性を広げることを検討する事業者においては、消費者からの承諾を適法に獲得するための方法がどう定められるかについて、今後の動向に注視すべきと思われます。
また、クーリング・オフ制度への波及効果も考えられます。具体的には、クーリング・オフ期間は「書面を受領してから8日」と定められているところ、ここでいう「書面」に電子メールも含まれることとなる結果、電子メールを受領しさえすればクーリング・オフ期間が進行してしまうのかという問題点があります。
この点について、電子メールを開封しなければ、クーリング・オフの起算点が進行しないとする議論もあります。デジタル化された場合の書面の「受領」とは何を意味するかも含め、具体的な要件設定についても、今後、政施行規則等で定まっていくことになります 4。