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2024年05月18日
山王川(茨城県)工場廃水事件

山王川(茨城県)工場廃水事件

 

 

損害賠償請求事件

【事件番号】      最高裁判所第3小法廷判決/昭和39年(オ)第902号

【判決日付】      昭和43年4月23日

【判示事項】      共同行為者の流水汚染により惹起された損害と各行為者の賠償すべき損害の範囲

【判決要旨】      共同行為者各自の行為が客観的に関連し共同して流水を汚染し違法に損害を加えた場合において、各自の行為がそれぞれ独立に不法行為の要件を備えるときは、各自が、右違法な加害行為と相当因果関係にある全損害について、その賠償の責に任ずべきである。

【参照条文】      民法709

             民法719

             国家賠償法2-1

【掲載誌】        最高裁判所民事判例集22巻4号964頁

 

 

 

事案の概要

 原告121名は、山王川(茨城県)の流域でその流水を使用して水稲耕作を営む者であるが、その上流にある国営のアルコール工場から排出されるアルコール蒸溜廃液(窒素を含有)により、稲作に甚大な損害を蒙つたと主張し、国家賠償法2条、民法709条に基づき、被告国に対し、右損害の賠償を請求した。

これが本件訴訟であり、種々の重要な法律問題を含む事案であるが、本判決要旨は、複数の企業(工場)からの廃液放出による流水汚染により損害が発生した場合に、各企業の賠償すべき損害の範囲如何に関する(本件では、山王川の流域には国営のアルコール工場だけでなく複数の工場が存在して廃液を山王川に排出し、また、都市下水も右川に流入して、山王川の流水を汚染している。)

 共同不法行為について示された従来の判例学説によれば、企業間の共謀ないし相互の事情の知不知にかかわりなく、また各企業の流水汚染に寄与する程度の大小にかかわりなく、各企業の廃液放出と損害発生との間に相当因果関係の認められるかぎり、各企業は、それぞれ、発生した全損害につき責に任ずるとされる(なお、傍論ではあるが、大判昭10・12・20集14巻2064頁)。

そして、加害者たる複数の企業が連帯債務を負担する。

 

 

民法

(不法行為による損害賠償)

第七百九条 故意又は過失によって他人の権利又は法律上保護される利益を侵害した者は、これによって生じた損害を賠償する責任を負う。

 

(共同不法行為者の責任)

第七百十九条 数人が共同の不法行為によって他人に損害を加えたときは、各自が連帯してその損害を賠償する責任を負う。共同行為者のうちいずれの者がその損害を加えたかを知ることができないときも、同様とする。

 

 

国家賠償法

第二条 道路、河川その他の公の営造物の設置又は管理に瑕疵があつたために他人に損害を生じたときは、国又は公共団体は、これを賠償する責に任ずる。

② 前項の場合において、他に損害の原因について責に任ずべき者があるときは、国又は公共団体は、これに対して求償権を有する。

 

 

 

       主   文

 

 本件上告を棄却する。

 上告費用は上告人の負担とする。

 

       理   由

 

 上告指定代理人武藤英一、同古館清吾の上告理由第一点について。

 共同行為者各自の行為が客観的に関連し共同して違法に損害を加えた場合において、各自の行為がそれぞれ独立に不法行為の要件を備えるときは、各自が右違法な加害行為と相当因果関係にある損害についてその賠償の責に任ずべきであり、この理は、本件のごとき流水汚染により惹起された損害の賠償についても、同様であると解するのが相当である。これを本件についていえば、原判示の本件工場廃水を山王川に放出した上告人は、右廃水放出により惹起された損害のうち、右廃水放出と相当因果関係の範囲内にある全損害について、その賠償の責に任ずべきである。ところで、原審の確定するところによれば、山王川には自然の湧水も流入し水がとだえたことはなく、昭和三三年の旱害対策として多くの井戸が掘られたが、山王川の流域においてはその数が極めて少ないことが認められるから、上告人の放出した本件工場廃水がなくても山王川から灌漑用水をとることができなかつたわけではないというのであり、また、山王川の流水が本件廃水のみならず所論の都市下水等によつても汚染されていたことは推測されるが、原判示の曝気槽設備のなかつた昭和三三年までは、山王川の流水により稀釈される直前の本件工場廃水は、右流水の約一五倍の全窒素を含有していたと推測され、山王川の流水は右廃水のために水稲耕作の最大許容量をはるかに超過する窒素濃度を帯びていたというのである。そして、原審は、右の事実および原審認定の本件における事実関係のもとにおいては、本件工場廃水の山王川への放出がなければ、原判示の減収(損害)は発生しなかつた筈であり、右減収の直接の原因は本件廃水の放出にあるとして、右廃水放出と損害発生との間に相当因果関係が存する旨判断しているのであつて、原審の拳示する証拠によれば、原審の右認定および判断は、これを是認することができる。所論は、ひつきよう、原審の前記認定を非難し、右認定にそわない事実を前提として原判決を非難するに帰し、採用することができない。

 同第二点について。

 原審の確定するところによれば、原判示の本件工場廃水は多量の窒素を含み、これが水量の少ない山王川に排出されるときは、右山王川の流水は水稲耕作の窒素許容量をはるかに超える窒素濃度を有することになり、ために右流水を水稲耕作の灌漑用水として利用するにつき有害かつ不適当になるというのである。そして、原審は、右の事実および原審認定の本件における事実関係のもとにおいては、本件工場廃水の放出は、少なくとも本件の昭和三三年のように降雨量の少ない年においては、違法性を帯びるにいたる旨判断しているのであつて、原審の右認定および判断は、挙示の証拠により、これを是認することができる。所論は、原判決を正解せず、原審の前記認定にそわない事実を前提として原判決を非難するに帰し、採用することができない。

 同第三点(1)について。

 記録によれば、甲四二号証として原審に提出された書証が、井戸掘負担金を証明する資料でないことは、論旨指摘のとおりである。しかし、記録によれば、原審は、所論の井戸掘負担金の額を認定する証拠として、被上告人□□A本人尋問の結果を引用しているところ、右によれば、井戸掘負担金額の内訳が原判決添付目録井戸掘負担金欄記載のとおりであるとする原審の認定を是認することができる。それ故、所論は、原判決の結論に影響を及ぼすものではなく、採用のかぎりではない。

 同第三点(2)について。

 原審の確定するところによれば、本件工場廃水の流入する直前の山王川の流水は通常の窒素施肥量にやや近い窒素を含有していたにすぎないが、活性汚泥法による曝気槽の設置された昭和三四年以降においても、右廃水の流入後における流水は、水稲耕作における窒素の最大許容量をはるかにこえる窒素濃度を帯びていたというのであり、また、同三四年頃、上告人と被上告人らとの間で、本件工場廃水の排出方法について原判示の約定が成立したが、その後においても山王川の窒素濃度が減少せず、灌漑用水として十分に利用することができない状態にあつたので、被上告人らは、同三四年七月から同三六年五月までの間に、原判示の深井戸四本を掘つたというのであつて、原審の挙示する証拠によれば、右の認定は、これを是認することができる。そして、原審は、右の事実によれば、山王川の流水を水稲耕作に使用するためには、被上告人らとしては、本件工場廃水により汚染された流水を稀釈する等してこれを浄化し、流水の窒素含有量を水稲耕作に支障のない量にまで引き下げる必要があつたのであり、前記深井戸四本による井戸水注入は汚染された流水の水質浄化のための一方法であるから、右深井戸四本の井戸掘に要した費用と、本件工場廃水放出との間には相当因果関係が存する旨、判断しているものと解せられ、原審の右判断は、前記の事実関係のもとにおいては、正当としてこれを是認することができる。所論の実質は、ひつきよう、原審の前記認定を非難し、右認定にそわない事実を前提として、原判決を非難するに帰するものであつて、採用することができない。

 よつて、民訴法四〇一条、九五条、八九条に従い、裁判官全員の一致で、主文のとおり判決する。

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