第18章 過失相殺
東京地判昭和34年12月16日判タ102号49頁
本件についてこれを見るに、鶴賀及び野本らは、地主諸貫に全く面識がなく、その上自称諸貫こと永井は当時権利証を紛失したと称し、保証書を呈示しているのであるから、このような場合、自称諸貫が真実に地主諸貫であるか否かの点について特別に注意を払い、地主諸貫の居宅または勤務先などに電話で連絡するとか、または同所に行ってこれを確認するなどの調査をなすべきところ、これを怠り、前記認定した程度の調査をもって、自称諸貫を地主諸貫であると誤信して、この旨を原告に告知し、もって本件土地の売買の仲介をしたことは、鶴賀及び野本らの過失であり、不法行為として右によって原告の蒙った損害を賠償する義務がある。
また被告遠藤は、前記損害賠償の額の認定につき、過失相殺を主張しているが、原告本人尋問の結果によれば、原告は本件土地の売買をなすについて、専ら不動産仲介業者として被告遠藤の有する不動産取引に関する智識、経験並びにその調査を信頼して本件取引の仲介を依頼したことが認められるのであって、原告が買主として自ら権利者の真偽について調査しなかったとしても、これをもって、原告の過失であるということはできない。よってこの点に関する被告の抗弁は理由がない。
大阪地判昭和46年10月9日判タ274号269頁
宅地建物取引業者の仲介により土地を買い受けた者が、右土地の移転登記が確実になされることをたしかめないで、右業者の社員の嘘言を信じてその者に残代金を詐取された事案につき、買主に過失があるとして、賠償額算定につき斟酌された事例
本件は、前記1に認定の事実によると、原告のような経歴と社会的地位を有する者にしては、まことににつかわしくなく、著しくうかつに被害にかかった事件であるというより他なく、原告は、白田を余りにも信用しすぎ(前記のとおり金を貸したりなどもしている)、白田の要求のままに再三にわたって疑いもせず多額の金を預けているものであるから、原告のこのようなうかつな態度が前記2回め以降の白田の不法行為(前記1の(4)ないし(6)を誘発したと考えられないでもないこと、前記1に認定のとおり、本件土地の通路の件は昭和46年10月5日頃には飯島の土地と交換することで一応の解決にこぎつけ、ついで、同年11月15日頃にはその契約の細部取決めがなされたものであるから、飯島がさらにこの解決あるいはその実行に難色を示しているため高橋、上田との本件土地の売買の期限の延長の必要があると云う白田の前記嘘の供述については、原告において当然疑念を抱き、白田に金を預ける前に飯島や高橋らに間い合せるべきであったのに、原告はこれにいささかの疑念を抱かず、右の措置もとらなかったこと、不動産売買取引については買受不動産の移転登記と引換、あるいはその実行が確実になされることの保証がある段階において買主は残代金を支払うものであることは一般通例であり、このことはかって大阪府庁において土地買収の職務にあたっていた原告も知悉していたと推認されるのに、原告は単に白田の嘘の言を信用して本件土地の移転登記が確実になされることをたしかめないで、白田に残代金を預けたこと、原告の桐原への本件土地の転売買についても、本件土地の所有権移転登記がなされるか、またはその実行が確実なことをたしかめてのち、右転売買契約をなすべきであったのに、単に白田の右登記が確実になされるとの嘘の言を信用してなされたこと等の点が認められ、これらの点はいずれも原告の本件被害の発生、あるいはその損害の増大に原因を与えているものであり、(なお、原告と飯島との本件土地等の交換契約については、これが本件土地の通路の確保のためになされたたものであるから、原告が本件土地の所有権移転登記を受ける前に右交換契約がなされたことはやむを得なかったところで、原告のこの契約の締結およびその手附金支払いを非難すべきでない。もつとも、原告がその交換差金を飯島に支払ったことは、約定期限よりも前に支払っておるから、この点は原告の手落ちとして非難に価するが、この支払金は原告に返還され、本件損害として認定されていない)、また、桐原についても、本件土地の所有権移転登記が原告にいまだなされていない段階に、この登記実現の確実なことをたしかめないで、単にこれに関する白田の嘘の言を信用して原告と転売買契約を締結したもので、右契約の履行については危惧がもたれるべきであったというべきであるから、この点は桐原の手落であると認められるところ、の白田の不法行為責任とは別に、報償責任、あるいは危険責任の見地から負わされる使用者としての被告の民法第715条の損害賠償義務の程度を認定する場合においては、原告および桐原の右にあげた各諸々の落度を被害者である原告らの過失として過失相殺をなすべきであると解するを相当とする。しかし、前記1に認定の事実によると、原告の側においては、被告はある程度規模の大きい、宅地建物取引業を営む会社で、白田はその社員であることや、原告が以前に被告(担当者白田)の仲介で高槻の土地を無事、不利に売却処分できたことのため、原告は、被告および白田を信用するにいたったこと、白田の原告に対する本件不法行為は当初から計画された犯罪行為で、その手口も巧妙で領収証等を偽造して原告にこれを交付する等をして原告の誤信を1層深めたこと、原告は当時長女の病死や茨本市会議員の選挙に立候補してこれに忙殺されていたため、白田の巧妙な口車に乗せられて、つい同人に対する警戒を怠る結果になったこと、桐原との転売買契約については、白田が桐原からの預り金を詐欺するためにこの契約を仕組み、これを原告らに強力に勧めたために原告が締結したもので、原告としては積極的にこのんで締結したものでないこと等の点があり、また、桐原の側においては、原告同様、桐原が右のとおりの信用ある被告やその社員の白田を信用したこと、白田に対する本件不法行為は当初から計画された犯罪行為で、桐原が白田の巧妙な口車に乗せられ、強力に原告からの転買を勧められたためにこれを締結して手附金を預けたこと等の点があり、これらの点を考え併すと、原告および桐原のこうむった損害中、いずれも、その3分の1を減じた残余の損害を被告に賠償さすをもって相当とする。
東京地八王子支判昭和54年7月26日判時947号74頁
宅地建物取引業者が宅地を売買斡旋するについて、当該土地が宅造法による宅地造成工事の規制を受けている場合には、買主に対しその旨を告知する義務があるとした事例
そこで進んで、被告らの過失相殺の抗弁について按ずるに、まず被告ら主張の調査ないし相談の点については、《証拠略》によれば「原告は、本件土地を大蔵屋に転売する際、同土地には前示のような宅造法の適用ないし制限があることを知ったので、自ら町田市役所に赴いて、これを確認したこと」が認められ、また《証拠略》によれば「原告は、右転売前、被告会社に本件土地の買戻を求めたりまたはその相談をしたことはなかったが、これは当時原告と被告会社との間に別件の訴訟事件が係属して、両者は既に対立抗争の関係にあり、相互に不信の念を持っていたので、到底本件土地の買戻など相談できるような状況ではなかったことによるものであること」が認められるから、前記調査ないし相談の点につき原告に過失があったものということはできない。しかし、本件土地の転売価格が前示ように本件売買代金より著しく低廉となったのは、本件土地に前示宅造法の適用ないし制限があったことの外、石油ショックに因る一般的な地価の暴落並びに本件土地の前示のような形状及び地形自体にも、その重要な原因があったこと前示のとおりであるうえ、本件に提出された全証拠によるも、地価の低落していた昭和51年4月当時、原告が本件土地を急いで他へ転売すべき差し迫った状況にあったものとは到底考えられないところであるから、これらの事情は、少なくとも、公平の原則上、原告の損害額を算定する際、十分に斟酌すべきものである。してみれば、被告会社の前示債務不履行の結果、原告が被った損害額は、前示669万円の約3分の1である金200万円と認めるのが相当である。