第19章 賃貸の仲介
1 権限
東京地判平成13年3月6日判タ1129号166頁
建物賃借人である原告(X)は、宅地建物取引業者である被告(Y)とを仲介業者として、訴外甲から飲食店経営のために本件建物を借り受けた。しかし、本件建物の敷地については、訴外甲が訴外乙から一時使用のために賃借していたものにすぎなかった(使用期限は平成8年8月31日)。そのため、当然のこととはいえ、Xは、本件建物賃貸借契約の締結後わずか2年半余りにして、土地所有者である訴外乙から、本件建物から退去するよう請求され、和解でこれに応じざるをえなかった。そこで、Xは、Yにおいて本件建物賃貸借契約を仲介する際、敷地の利用権が一時使用の賃借権であり、その上に存在する本件建物の賃借権も敷地利用権が存在する限度でしか存続できないものであったにもかかわらず、その事実を十分説明せず、Xをして更新が可能な通常の建物賃貸借契約が締結できるものと誤信させたとして、債務不履行を理由に損害賠償を請求した。一時使用のための土地賃貸借契約が締結されている土地上に存在する建物を対象に、賃貸借契約の仲介をした宅地建物取引業者について、土地の利用権が一時使用の賃借権である事実を十分説明せず、建物賃貸借契約が更新可能な通常の賃貸借契約であるがごとき誤解を賃借人に与えたまま契約を締結させた点に説明義務違反があったとして、建物賃借人からの損害賠償請求を一部認容した事例
5 なお、本件では、重要事項説明書に土地の一時賃貸借契約書が添付されていたことも考慮し、Xの過失割合を3割と認定している。
東京地判平成17年4月5日LLI/DB 判例秘書登載
原告が、被告株式会社Aを仲介業者として被告Bから建物を賃借して改装工事に着手したところ、建物の敷地の所有者で同地を被告Bに賃貸していた被告C会社から不当に工事の中止を命じられ、建物を使用できなくなったと主張して、被告Bに対して賃貸借契約の債務不履行、被告A及び被告Cに対して不法行為に基づき、損害賠償金等の支払を求めた事案につき、被告B及びCに対する主張は理由がないとし、被告Aに対する不法行為の成立を認めた事例
東京地判平成17年5月24日LLI/DB 判例秘書登載
原告が、被告甲社の仲介により、被告乙社との間に、建物の1室について締結した賃貸借契約について、雨漏り等の瑕疵があるため、また、被告甲には説明義務違反があるため、原告はこうした被告らの債務不履行の結果、契約を終了させ、新たな物件を借り受けなければならなかったなどとして、被告らに対し、債務不履行に基づき、原告の被った損害の賠償を請求するとともに、選択的に、被告らの説明義務違反や家屋の瑕疵の放置責任などを理由として、不法行為に基づき同様の請求をした事案(甲に対して棄却、乙に対して認容)
東京地判平成18年2月23日LLI/DB 判例秘書登載
建物転貸借契約を結んだが、建物賃貸人(所有者)から転貸の承諾が得られず、最終的に建物を転借できなかった事案について、この仲介をした宅地建物取引業者が、所有者の承諾の有無の確認を怠ったことは、課された善管注意義務に違反するものであるといわざるを得ず、仲介契約に基づく債務不履行責任を負うとした事例
東京地判平成19年4月18日LLI/DB 判例秘書登載
飲食店用店舗の賃貸借契約の仲介をするに際し、建物敷地の法令上の規制について、宅地建物取引業者に調査・説明義務違反があったとされた事例
(4)しかし、本件建物の敷地は、第一種低層住居専用地域に指定され、また、東京都文教地区建築条例(以下「本件条例」という。)による第一種文教地区に指定されていた(以下、これらの規制を併せて「本件各規制」という。)。
(5)建築基準法48条は、「第一種低層住居専用地域内においては、別表第2(い)項に掲げる建築物以外の建築物は、建築してはならない。ただし、特定行政庁が第一種低層住居専用地域における良好な住居の環境を害するおそれがないと認め、または公益上やむを得ないと認めて許可した場合においては、この限りでない」と定め、別表第2(い)は、「住宅で事務所、店舗その他これらに類する用途を兼ねるもののうち政令で定めるもの」と定めている。
そして、建築基準法施行令130条は、上記住宅につき、「延べ面積の2分の1以上を居住の用に供し、かつ、次の各号の1に掲げる用途を兼ねるもの(これらの用途に供する部分の床面積の合計が50平方メートルを超えるものを除く。)とする。」と定めている。
(6)本件条例3条は、「第一種文教地区内においては、建築基準法48条の制限によるほか、別表1に掲げる用途に供するために建築物を建築し、または用途を変更してはならない。ただし、知事が文教上必要と認めまたは文教上の目的を害するおそれがないと認めて許可した場合は、この限りでない。」と定め、別表1の8号には、「前各号の建築物に類するもので、環境を害し、または風俗を乱すおそれがあると認めて知事が指定するもの」と定めており、これを指定した昭和42年9月16日東京都告示第916号は、第一種低層住居専用地域内に設ける飲食店を挙げている。
(7)原告は、本件賃貸借契約を締結した後、本件建物の内装工事に着手したが、平成17年5月26日ころ、文京区建築課の担当者から、本件建物の敷地については飲食店を開業できない規制があるとの指摘を受け、翌日、本件建物で行う営業につき、食品衛生法に定める許可の申請をしたものの、この申請も受理されず、文京区役所建築課の担当者から、本件建物の敷地は、第一種低層住居専用地域であるだけでなく、第一種文教地区でもあるため、飲食店の開業はできない旨の説明を受けた。
(8)原告は、その後、本件建物における飲食店営業を断念した。
東京地判昭和59年2月24日金判705号16頁
店舗賃貸借の仲介を依頼された宅地建物取引業者が、賃貸店舗が仲介の進行中他に譲渡され、所有権移転登記も完了して、貸主に賃貸の権限がなくなっていたにもかかわらず、この権利関係についての再度の調査を怠り、貸主を店舗権利者と記載した物件証明書を顧客に交付し、これを信頼して右店舗を賃貸した顧客が、後日真の所有者の要求により明渡を余儀なくされたため、貸主に支払った賃貸借契約保証金等相当額の損害を被ったときは、宅地建物取引業者は、顧客に対し、損害賠償義務を免れない。
Y1は、昭和54年1月ころ宅地建物取引業者である当に対し、妻A所有の本件店舖の賃貸の仲介を依頼し、A所有名義の登記簿謄本を交付した。そこで、Y2は、同年3月Xに対し、本件店舗を紹介し、その賃貸借の仲介斡旋を始めた。ところで、本件店舖は、同年4月12日AからBへ売却され、翌13日には所有権移転登記も完了していたが、Y1は、この事実を黙秘し、Y2も、再度本件店舗の権利関係について調査しないまま、当初Y1から受領していた登記簿謄本により、本件店舖の権利者をY1と記載した物件説明書を作成して、これを同月20日ころXに交付し、その結果、同月23日XY1間に、期間3年、賃料月額12万円、使用目的喫茶店経営との約定による本件店舗の賃貸借契約及び営業権譲渡契約が締結され、Xは、当に対し、賃貸借契約保証金600万円、営業権譲渡代金250万円、賃貸借契約礼金50万円(合計900万円)を支払った。ところが、Xは、その後Bから本件店舖の明渡を要求され、仮処分を受けるに至ったので、やむを得ず喫茶店営業を中止し、昭和55年12月5日Bに店舖内の什器備品を売り渡すとともに本件店舖を明け渡した。そこで、Xは、Y1Y2に対し、不法行為に基づく損害賠償として、830万円の支払を請求した。
判決要旨は、当に関する部分であるが、宅地建物取引業者が建物賃貸借の仲介斡旋をする場合、客が損害を被らないよう、善良な管理者の注意をもって当該建物の所有権の帰属等を調査し、これを客に報告すべき義務があるとの見解に立って、前記事実関係のもとにおいては、Y2の仲介行為に過失(右義務違反)があるとし、賃貸借契約保証金及び礼金のうち現実に本件店舗を使用することができた1年間に対応する分を除き、残り2年分相当額の774万円につき損害賠償を命じた。
判例は、宅地建物取引業者が取引当事者に真の権限があることについて調査義務を負うことを肯定しており(明石三郎『不動産仲介契約の研究』202頁以下参照)、本件と同様、既に他へ売却されている不動産あるいは第三者名義の不動産を不注意に仲介した事案に関する先例も少なくない(東京地判昭和30年12月21日下民集6巻12号2645頁、東京地判昭和36年7月10日下民集12巻7号1626頁など)。
東京地判昭和62年1月29日判時1259号72頁
建物賃貸借の仲介にあたる宅地建物取引業者に、賃貸人の賃貸権限を確認すべき注意義務の違反があるとして債務不履行責任が認められた事例
東京地判平成4年4月16日判時1428号107頁
差押登記のある店舗の賃貸借を媒介した宅地建物取引業者に調査義務違反があったとして、その後の競売による売却によって店舗を明け渡さざるを得なかった賃借人に対する損害賠償責任が認められた事例
東京地判平成19年5月31日LLI/DB 判例秘書登載
賃貸人の賃借人に対する土地賃貸借契約に基づく未払賃料請求及び同契約にあたり、賃借人の不動産仲介業者に対する仲介契約上の説明義務違反による債務不履行に基づく損害賠償請求をいずれも認め、賃借人の仲介業者に対する前記賠償請求権の不存在確認請求は、訴えの利益がないとして却下した事例
そして、原告X2が、被告に対して本件土地が市街化調整区域内にあって、原則として建物が建てられないことを説明していれば、被告は、本件土地を賃借して建物を建てなかったと認められる。
東京地判平成19年6月26日LLI/DB 判例秘書登載
借地権付建物を購入した原告が、売主側の不動産仲介業者である被告らに対し、取引の際、被告らの告知義務違反により損害を受けたとして、損害賠償等を求めた事案について、被告らの告知義務違反と相当因果関係が認められる原告の損害額を認定し、本件取引における原告側の過失3割を過失相殺した後の金額及びこれに対する遅延損害金の支払いを求める限度で、請求を認容した事例
(1)まず、被告Y1の代表者であったAは、本件土地の地主であるBの土地係として、本件土地周辺の事情を熟知しており、Bが、本件土地周辺の土地に建築する建物は、木造2階建にするよう要請していたこと、本件土地上に3階建ての建物を建築することについて、近隣住民からの反対があったときは、Bは建築を承諾しないであろうことを知っていたものである。確かに、被告Y1が、本件売買契約締結前に、具体的に原告の建築予定の建物が3階建てであることを知っていたことまでは認められないし、本件売買契約締結前の過去約20年間、近隣の反対運動があったことを認めるに足りる証拠はない。しかし、Aは、一方では、本件売買契約締結前において、本件土地周辺の地域の住環境を保全するため、建築法規上可能であっても、堅固な建物や3階建ての建物または店舗の計画については、できるだけ木造2階建ての住居にしてもらうよう要請してきたことを認めているのであるから、本件土地上に3階建ての建物を建築するときは、近隣住民から反発があることは予測することができたはずである。そして、被告Y1は、本件売買契約を仲介するに当たり、原告が本件土地上の古家を解体し、建物を新築する予定であったことは認識していたのであり、本件土地上に建物を新築する場合の当該建物の構造に関する地主の意向が買主にとって重要な情報であることも、容易に認識することができたはずである。したがって、被告Y1は、原告に対し、本件売買契約を締結するに当たり、地主の意向が3階建ての建物はできるだけ2階建てに設計変更してもらうというものであるということを、告知する義務があったというべきである。しかるところ、Aは、本件土地に原告が建築する予定の建物が2階建てであると考え、原告にこの点を確認することもせず、地主側の意向を告知しなかったのであるから、被告Y1は、これにより原告が受けた損害を賠償する責任を免れない。
(2)次に、被告Y2は、被告Y1と共同で本件物件を仲介したものであり、本件売買契約締結前に、原告が本件土地上に3階建ての建物を建築する意向を有していたことは認識していたものである。被告Y2において、3階建ての建物を建築する場合において、本件土地の近隣住民の反対運動が生ずる可能性があることを認識していたことまでは認められないけれども、被告Y2の担当者Hは、本件売買契約締結前に原告からEを通じて3階建て建物の建築が可能かどうかという点について照会を受けた際、上司に確認しただけで、被告Y1や地主であるBに確認することはしていない。借地上に建物を建築することを予定して行う借地権の売買においては、新築される建物の構造に関する地主の意向が重要なはずであり、被告Y2において、原告から照会を受けた際、AまたはBに確認しておれば、建築法規上は可能であっても3階建ての建物はできるだけ2階建て建物にしてもらうというのがBの意向であったことは容易に知ることができたはずである。にもかかわらず、被告Y2は、AまたはBに対する確認を怠り、その結果として、本件土地の地主の意向に関する重要な事項を原告に告知することができなかったのであるから、専門の仲介業者を信頼して取引に入った原告に対する信義則上の告知義務違反の責任を免れないというべきである。
東京地判平成13年3月6日判タ1129号166頁
一時使用のための土地賃貸借契約が締結されている土地上に存在する建物を対象に、賃貸借契約の仲介をした宅地建物取引業者について、土地の利用権が一時使用の賃借権である事実を十分説明せず、建物賃貸借契約が更新可能な通常の賃貸借契約であるがごとき誤解を賃借人に与えたまま契約を締結させた点に説明義務違反があったとして、建物賃借人からの損害賠償請求を一部認容した事例
1 本件は、宅地建物取引業者が、建物賃貸借契約を仲介する際に、契約条件の説明を十分しなかったために建物賃借人に損害を与えたとして、委任契約の債務不履行を理由に損害賠償を命じられた事案である。
2 建物賃借人である原告(X)は、宅地建物取引業者である被告(Y)とを仲介業者として、訴外甲から飲食店経営のために本件建物を借り受けた。しかし、本件建物の敷地については、訴外甲が訴外乙から一時使用のために賃借していたものにすぎなかった(使用期限は平成8年8月31日)。そのため、当然のこととはいえ、Xは、本件建物賃貸借契約の締結後わずか2年半余りにして、土地所有者である訴外乙から、本件建物から退去するよう請求され、和解でこれに応じざるをえなかった。そこで、Xは、Yにおいて本件建物賃貸借契約を仲介する際、敷地の利用権が一時使用の賃借権であり、その上に存在する本件建物の賃借権も敷地利用権が存在する限度でしか存続できないものであったにもかかわらず、その事実を十分説明せず、Xをして更新が可能な通常の建物賃貸借契約が締結できるものと誤信させたとして、債務不履行を理由に損害賠償を請求した。これに対し、Yは、Xに対し、本件建物賃貸借契約は一時使用の土地賃貸借契約が存続する限度でしか存続できないことを十分説明したと主張して、事実関係を争った。
3 本件では、本件建物の賃貸借契約が敷地の一時使用賃貸借契約の限度でしか存続できない(土地所有者に対抗できない)ものであることの説明をしたか否かといった事実認定が専ら問題となった。本判決は、本件建物賃貸借契約について、Yが一時使用賃貸借契約書の雛形を利用しなかったことに関して合理的な説明がないこと、Xが設備投資や保証金で合計1400万円を超える費用を投下していることなどの判示の事実関係に着目して、Yは重要事項説明書に土地の一時賃貸借契約書を添付したとはいえ、その意味をXに理解させることを怠ったとして、Xの主張のとおり、委任契約上の説明義務違反があると認定した。
4 本件でのもう1つの問題は、Yが賠償すべき損害の範囲をいかに考えるかという点である。
本件では、土地所有者である訴外乙が原告となり、本件建物の所有者である訴外甲とその賃借人であるXとが被告となった別件訴訟で、Xが訴外甲および訴外乙らから1300万円の和解金を取得していることをいかに考慮するのかが問題となった。
本判決は、Xに生じた損害は、契約当事者である訴外甲と、仲介業者であるYとの説明義務違反が競合して発生したものであることを前提に、Xが訴外甲に請求しえた損害額を2201万2000円と認定した。また、Yの債務不履行と相当因果関係のある損害は、Yの説明義務が尽くされていたならば、Xにおいて負担しなかったであろう諸費用であることを前提に、仲介手数料、本件建物賃貸借契約に伴い差し入れた保証金(償却分を考慮する)および建物改装費用(減価償却を考慮する)の合計667万9444円と認定した。その上で、両損害額は内容的には667万9444円の範囲で重なり合うこと、Xが別件訴訟で130○万円の和解金を取得していることを考慮し、損害の公平な分担を図るため、Yの固有の賠償範囲を、667万9444円に、Xが訴外甲に請求しえた損害額2201万2000円と和解金額1300万円との比率(59%)を乗じた金額である394万0871円に限定している。
5 なお、本件では、重要事項説明書に土地の一時賃貸借契約書が添付されていたことも考慮し、Xの過失割合を3割と認定している。
2 賃貸物件の瑕疵
神戸地判平成14年7月4日LLI/DB 判例秘書登載
不動産賃貸借契約の媒介契約上の債務不履行に基づく損害賠償請求につき、同契約上の善管注意義務ないし説明義務に違反する点があるとしても、この義務違反と本訴において請求する財産的損害との間には相当因果関係は認められないとして、本訴請求を棄却した事例
(3)ところで、一般に、賃貸物件の使用収益の方法に関する条件に対する賃貸人の承諾は、明示のものに限定されず、黙示のものでも足りるのであって、前記(2)に認定説示の事実にも徴すれば、本件において原告の希望する条件の内容が賃貸人の明示の承諾でなければその目的を達成できない特段の事情があるとも認められないから、本件において、発声練習に対する賃貸人の明示の承諾を取り付けた賃貸物件を紹介すべきことが被告の媒介契約上の債務の内容になっているとは認められない。
したがって、本件賃貸借契約の締結にあたり、被告が発声練習について甲の明示の承諾を取り付けなかったことの一事をもって、被告に本件賃貸借契約の媒介契約上の債務不履行があると認めることはできず、原告の前記(1)①の主張は理由がない。
(4)また、前記(2)に認定説示のとおり、発声練習について、原告の希望する条件は甲の承諾する条件の範囲を超えるものではないから、甲が原告の希望する条件での発声練習をすることまでは承諾していないことを前提とする原告の前記(1)②の主張は、その前提を欠くことになる。
(5)もっとも、前記1(4)に認定のとおり、被告は、本件賃貸借契約の締結前に、甲に対し、原告が本件居室において発声練習をすることを希望していること及びその発声練習の内容を具体的に伝え、その明示の承諾を特に得ていたものではないから、被告が本件居室の賃貸借契約を媒介するにあたって、原告に対し、予め甲の承諾を得ているとの趣旨の説明をしたことの適否については、別途検討されなければならない。
この点、被告は、原告の希望する発声練習は、その具体的内容に照らし、被告と信頼関係のある甲の推定的承諾の範囲内の事柄であると判断したと主張し、被告代表者尋問の結果及び乙第5号証中には同主張に副う部分がある。しかし、前記1(3)に認定のような説明を受ければ、原告の希望する発声練習のために甲の明示の承諾が特に存在すると受け止めるのが素直であり、原告本人尋問の結果及び弁論の全趣旨によれば、本件賃貸借契約締結当時、原告もそのように考えたことが認められるところ、仲介業者が賃貸物件の使用収益の方法に関する一定の事項について賃貸人の承諾を得られるであろう範囲内の事柄であると独自に判断しても、当該事項について賃貸人がその決定ないし処理の権限を仲介業者に予め付与しているなどの特段の事情のない限り、賃貸人は仲介業者の判断に必ずしも拘束されるものではなく、賃貸人が仲介業者の判断と異なる意思を表明すれば、賃貸人の明示の承諾の存在することを前提として賃貸借契約を締結した賃借人が、使用収益の方法について、予想外の制限を受け、あるいは賃貸人との間で紛議を生じるなど、賃借人が将来不測の損害を被るおそれがある。そして、本件居室における発声練習の諾否について甲から被告に対してその決定ないし処理の権限が予め付与されていたことは認められない(被告代表者尋問の結果及び乙第2号証中には、甲に対する関係で、本件居室について原告の希望する条件の程度の発声練習であれば、被告にその諾否の権限があったとの趣旨の供述ないし陳述部分があるが、甲第22号証ないし第24号証の各1、2によれば原告からの電話で発声練習の件を聞いた甲が初めて聞いた話であるなどとして当初要領を得ない回答をし、あるいは原告の発声練習を承諾したことを否定する発言をしていることが認められることに照らし、被告代表者の上記尋問結果はそのままには採用しがたく、また、乙第2号証も、甲が事後的に被告の判断を追認したものというべきであり、これらの証拠から被告に上記のような権限が予め付与されていたとまでは認めることはできず、他にこれを認めるに足りる証拠はない。)から、被告が発声練習について予め甲の承諾を得ていると原告に説明して本件賃貸借契約を媒介したことは、仲介業者である被告に課せられている仲介契約上の善管注意義務ないし説明義務の尽くし方として疑問が残るところである。
(6)しかしながら、前記(2)に認定のとおり、結果的には甲が原告の希望する発声練習の条件に対して承諾していると認められる本件の事実関係の下では、原告は甲に対する関係で本件居室においてその希望する条件に従って発声練習をすることができるのであるから、仮に被告に前記(5)説示のような、媒介契約上の善管注意義務ないし説明義務に違反する点が存するとしても、この義務違反と本訴において原告の請求する財産的損害との間には相当因果関係が認められないというべきである。
3 差別
京都地判平成19年10月2日LLI/DB 判例秘書登載
賃貸マンションの所有者が、入居予定者が日本国籍を有していなかったことを理由として賃貸借契約の締結を拒絶したことにつき、入居予定者に対する不法行為責任を認めた事案
大阪地判平成5年6月18日判タ844号183頁
マンションの賃貸借につき相手方が外国籍(在日韓国人)であることを理由に契約締結を拒否したことが、契約準備段階における信義則上の義務に違反し損害賠償義務を免れないとされた事例
一事案の概要 本件は、大阪府下在住の在日韓国人であるXが、不動産仲介業者Zらとの間で賃貸マンションの入居について合意したところ、家主YからXが在日韓国人であることを主たる理由として入居を拒否されたため、Yに対し、賃借権の確認と建物引渡を求めるとともに、Y、Zらに対し、差別的な入居条件の作成や入居拒否についての不法行為による損害賠償を求め、かつ、大阪府に対し、宅地建物取引業法等に基づく監督義務違反による国家賠償を求めた事案である。
2 本件の要約 本件における中心争点は、(1)住居基本権を定めた憲法22条等の憲法規定、及び日本国が批准した「経済的、社会的及び文化的権利に関する国際規約」等の条約が、私人間の法律行為に直接規範性を有するか否か、(2)人権・国籍を理由とする民族差別により、入居拒否等の住居基本権侵害が生じたときは、公序良俗違反を契機として、民法上の損害賠償責任を追求する余地があるか否か、(3)知事は前記憲法及び条約の各規定に基づき、宅地建物取引業法による指導として、宅地建物取引業者に対し、その業務内容を監督する権限及び義務を有するか否かにある。
1 争点(1)では、基本的人権を定める憲法及び条約上の規定を、原則として、対国家的公権とするのが通説・判例であり、私人間の人権侵害行為は公序良俗違反による救済のほかはないとする(間接適用説、最大判昭和48・12・12民集27巻11号1536頁、最判昭和49・7・19民集28巻5号790頁)。
本判決もこれに従うものである。
2 争点(2)の民法上の責任について、本判決では、家主Yが仲介業者を介して広く契約の相手方を募って、申込の誘引をなしていることと、Yの契約締結拒否が在日韓国人であることを主たる理由とするものであることを重視して、仲介業者の言動を信頼したことによる損害を、契約締結上の過失理論により賠償すべきものとした。
この意味で、本判決は、契約締結上の過失理論を是認した一事例に過ぎないところではあるが、在日韓国人の居住権を巡る社会問題の1局面について、本格的な取組みがなされた点で、先例的価値を有するといえる。
3 争点(3)の知事の宅建業者に対する監督義務の点では、本判決は、宅建業法の立法目的を、宅地建物取引における経済的公正の確保の趣旨に止まると解しているところ、同旨の判例と軌を1にする(最判平成元・11・24民集43巻10号1169頁)。
4 賃借希望者の身元、職業等
東京地判昭和56年7月15日判タ455号123頁
不動産賃貸の仲介業者は、賃借希望者の申し出た身元、職業等の事項に疑問がない限り、右事項を委任者に伝えることをもって足り、右以上に右事項につき独自に調査し報告すべき業務上の注意義務はない
Xは建築設計、工事請負、ビル賃貸等を業とするものであるが、昭和49年6月不動産の売買・賃貸の仲介等を業とするYに対しX所有の本件ビルの賃貸の仲介を委託した。
そして、Xは、昭和49年11月Yの仲介により訴外Aとの間で右ビルの8階を保証金350万円、賃料月額13万5000円の約定で賃貸する契約を締結し、Aは同月12月1日入居した。
ところが、Aは過激派の委員長であって、Aら過激派は、同年12月頃本件ビルに入居後間もなく、本件ビルの1階出入口に見張りを置き、各階の階段を封鎖する等して本件ビル全館を占拠し続けたため、Xは、昭和50年12月やむなく立退料350万円を支払って過激派に立退いて貰った。
しかし、その間、Xは、本件ビルの5、6階を他に賃貸することが不可能となったことにより1200万円にものぼる賃料収入を失うなどの損害を被った。
そこで、Xは、不動産仲介業者であるYが、仲介にあたって賃借希望者の身元、職業等について調査することなく、漫然、過激派の委員長であるAを仲介してXと賃貸借契約を締結されたことは、受任者としての注意義務に違反したものであるなどと主張し、Yに対し、賃料収入の喪失、保証金運用利益の喪失、清掃・修理改装費、立退料の支出等による損害合計2044万円余の賠償を請求したものである。
これに対し、Yは、通常の賃貸の仲介の委任を受けたにすぎないYとしては、賃借の申込みを受けた場合、その賃借希望者自らの申し出た人物、業種、使用目的等を忠実に委任者であるXに告げれば足りるのであって、その者に賃貸するか否かは賃貸人であるXの判断と危険においてなすものであり、また仲介は仲介に係る契約が成立することにより終了するものであって、その後は賃借人の入居前であってもYに何らの義務もない、などと反論した。
本判決は、不動産賃貸の仲介者の注意義務について、判旨のような判断を示したうえ、Aは一見おとなしそうな、落着いた印象を与える人物であり、過激派の委員長であることを疑わせるような不自然なところは認められなかったから、YがAの身元等について何らの調査をしなかったとしても、仲介者の注意義務を怠ったとはいえない、としてXの請求を棄却した。
従来の判例の事案は、仲介する不動産の所有権の帰属、担保の付着の有無等の権利関係、代理権の有無等に対する注意義務に関するものに過ぎず、本件のような、賃借希望者の身元、職業等の調査報告義務に関する先例は見当らない。
5 契約条項
福岡地判平成19年4月26日判タ1256号120頁
建て貸しの事案において中途解約制限条項を入れなかったことが、宅地建物取引主任者の説明義務違反とされた事例
1 本件は、Xがその所有建物をZの要望に従って増改築した上でZに賃貸する契約(建て貸し)の仲介を不動産仲介業を営むYに依頼し、X・Z間に期間を9年間とする建物賃貸借契約が成立したが、中途解約を制限する条項が盛り込まれていなかったため、Zから中途解約されて損害を被ったとして、XがYに対し、仲介契約の債務不履行による損害賠償を求めた事案である。
Xが主張するYの債務不履行の内容は、本件建物賃貸借契約は、いわゆる建て貸し(Xが借り主であるZの要望に従って建物を増改築した上でZに賃貸するもの)であるから、増改築に要した投下資本(3360万円)を回収するためには一定期間賃料収入を確保する必要があり、借り主が中途解約をした場合には、残余期間の賃料を保証する条項(中途解約制限条項)を盛り込む必要があったのに、Yはこれを怠ったというものである。これに対し、Yは、本件賃貸借契約書案(中途解約制限条項が盛り込まれていないもの)をXに示してその内容を説明し、Xは内容を理解した上で契約を締結したものであるから、Yに債務不履行はないと主張した。
2 本件判決は、Yは、宅地建物取引業法35条に従って、契約の解除に関する事項も記載した契約書案をXに交付して重要事項を説明したことは認められるとしながらも、本件のような建て貸しにおける中途解約制限条項の重要性にかんがみれば、Yは、信義則上、借り主側から初めに示された契約書案には中途解約制限条項が入っていたのに、この条項が入っていない宅建協会作成の一般的な契約書のひな型をあえて使用して契約書を作成することについて、Xにその経緯を具体的に説明してその承諾をとるベき義務があったとして、Yの説明義務違反を認めてXの損害賠償請求権を認めた。その上で、Yは賃貸借契約を仲介したにすぎず、契約の代理人ではないこと、Xは契約内容を理解した上で契約を締結していること、X側は不動産の賃貸により相当の収入を得ている者であり、また、相当の社会的地位、経験を有していること(銀行員、元公務員)などの事情を考慮して、Xについて4割の過失相殺をした。
6 損害項目
東京地判昭和31年11月26日下級裁判所民事裁判例集7巻11号3364頁
不動産仲介業者に過失ありとされた事例
不動産仲介業者に手数料を支払って仲介を委託した者は契約の相手方について自ら調査しなかったとしても過失ありとはいえない。
およそ、不動産仲介業者が客の委託を受け、不動産賃借の仲介となすに当っては委託の趣旨に則り、善良な管理者の注意を以て仲介し賃貸借契約が支障なく履行されて委託者がその契約の目的を達し得るように配慮すべき義務があるものと解すべきであるから、賃貸人が当該不動産につき賃貸の権限を有するや否や、或は、当該不動産に瑕疵が存しないか否かについて周到なる調査義務があるものと言わねばならぬ。
そして、所有者と称する賃貸人が果して当該土地の真の所有者であるか否かを調査するに当っては、先ず当該土地の登記簿謄本及び賃貸人の印鑑証明等の提示を求めると共に、当該土地を実地検分して土地支配の実情を調査し、もってその真の所有者たることを確認すべきものであるが、当該土地所有者の住所の記載が登記簿謄本を印鑑証明書と異る時その他所有者の真偽につき些かでも不審の点がある場合は、特段の注意を払い住民登録票について調査する等の方法により更に当該土地の所有者を確認するにつき確実を期すべきものである。
しかるに被告佐々木が原告より土地賃借の仲介の委託を受け、前記土地を仲介するに当り、土地所有者尾関と称する者より、登記薄謄本、図面、印鑑証明書、勤務先会社の身分証明書(本件の場合前記文書は登記簿謄本及び図面を除きいずれも偽造文書であるが、証人平野清、被告等各本人尋問の結果を綜合すれば、右偽造は極めて功妙であり容易に偽造の事実を発見し得ない状態にあったと認められる。
東京地判平成5年10月1日判時1497号82頁
1 駐車場の賃貸借契約において、貸主の修繕義務の不履行責任が認められた事例
2 右賃貸借に当たり、貸主及び仲介人に駐車場の瑕疵につき、告知義務違反を肯定した上、損益相殺及び過失相殺がされた事例
1 本件駐車場は、建物を取り壊した跡地であり、舗装や砂利入れ等なされることなく、若干整地した程度で原告に引き渡された。しかし、右駐車場は、雨が降ると地盤が水を含んだ状態となり、駐車車両が自力で脱出できなくなる事態が発生するようになった。そしてその度ごとに原告の従業員が、他の駐車場から本件駐車場まで二トン車を持っていき脱出不能となった車両を牽引せざるを得なかった。
2 このため原告は、被告石岡住宅に対し、本件駐車場に砂利を入れるよう求めたところ、平成三年七月末ないし翌八月上旬頃、被告石岡住宅は、本件駐車場の入口付近の約二台分のスペースに砂利を入れた。
3 しかし、その後も牽引による脱出を必要とする状況が、平成三年八月に二回、九月に六回、一〇月に六回発生した。そこで、この間、訴外遠藤は、被告石岡住宅代表者の清水絹代又は同社の従業員に対して、砂利を入れていない約六台分相当のスペースについても砂利を入れるよう何度か電話で催告したが結局砂利入れは行われなかった。
四 本件賃貸借契約の解除及び本件駐車場の明渡し
請求原因7、8の事実は、《証拠略》から認めることができる。
五 被告石岡住宅の修繕義務不履行(履行遅滞)により原告の被った損害
原告は、平成三年九月二一日以降原告が本件駐車場に二台を越えて駐車することはできなかったと主張する。しかし、先に認定したように九月二一日以降一〇月に入っても牽引することがあったという事実がある以上、砂利が入れられて駐車に支障のない二台分のスペース以外の約六台分のスペースに九月二一日以降も駐車したことがあったと認めるべきであり、同日以降一〇月末までの間は必ずしも雨天の日ばかりではないことを考えあわせると、九月二一日以降は二台以下しか止めていなかったと認めることはできない。ただ、《証拠略》によれば、本件駐車場の砂利の入れられなかった約六台分のスペースは、雨が降ると駐車場としての役割を相当減殺されたと認めることができるので、原告の主張する同年九月二一日以降本件契約解除により明渡しが完了した同年一〇月末日までの期間、原告は、被告石岡住宅の修繕義務不履行により、少なくとも本件駐車場の約半分(約四台分)の使用ができなかったと認めるのが相当である。右損害を金額に換算すると金二七万四六六六円(九月二一日から一〇月三一日までの本件駐車場の半分の賃料相当額)となる。
七 被告らの告知義務違反
被告福島ハウジング代表者尋問の結果によれば、同人は、本件駐車場をよく見ていたことが認められ、しかも被告らの代表者が夫婦であり、被告らの営業店舗が同一建物内にあること考えあわせれば、右両代表者は、本件駐車場がぬかるみが生じやすく難点があることを認識していたか、又はこれを容易に知り得たものと考えられる。したがって、この場合、被告石岡住宅は、賃貸人として、同福島ハウジングは、仲立人として、信義則上、本件駐車場の賃貸借契約に先立ち、前記難点を原告に告知する注意義務を負っていたと言うべきであるところ、《証拠略》によれば、被告らは、本件駐車場の問題点につき何ら告知していないことが認められる。
2 損益相殺(礼金分について)
ところで、本件賃貸借における礼金の性格は、契約期間中の本件駐車場の使用収益に対する対価の一部前払と解するのが相当である。そうだとすれば、原告が、被告石岡住宅に支払った右礼金の内、本件駐車場の使用収益が可能であった範囲及び期間に対応する部分については、原告は利益を享受していたというべきであるから、これを被告石岡住宅が原告に返還すべき礼金相当額中から控除するのが相当である。
3 過失相殺(礼金分及び手数料分について)
ところで、証言によれば、同人は、本件駐車場の前をよく通っていたこと、同人が、原告の専務取締役として、本件駐車場を現に見た上で被告石岡住宅と本件賃貸借契約を締結したことが認められる。したがって、原告は、本件駐車場の地盤がどのような状態であるかを事前に知り得たということができる。更に、原告が運送業であり、駐車場の選定に当たっては相応の注意を払うことが期待されることも考慮すれば、原告の過失割合を5割とするのが相当である。
名古屋地判昭和62年3月24日判時1250号86頁
差押中の建物の賃借権譲受人が建物の競落により損害を被った事案において、譲受人側の仲介人に対し、差押の事実及びその法的な影響についての説明義務を怠ったとして損害賠償責任を認めた事例