第6章 ②訂正審判等における通常実施権者の承諾要件見直し
1.新旧対照表
改正される条文:特許法97条1項、127条
特許法97条1項
(旧)
特許権者は、専用実施権者、質権者・または第35条第1項、第77条第4項もししくは第78条第1項の規定による通常実施権者があるときは、これらの者の承諾を得た場合に限り、その特許権を放棄することができる。
(新)
特許権者は、専用実施権者・または質権者があるときは、これらの者の承諾を得た場合に限り、その特許権を放棄することができる。
特許法127条
(旧)
特許権者は、専用実施権者、質権者・または第35条第1項、第77条第4項もししくは第78条第1項の規定による通常実施権者があるときは、これらの者の承諾を得た場合に限り、訂正審判を請求することができる。
(新)
特許権者は、専用実施権者・または質権者があるときは、これらの者の承諾を得た場合に限り、訂正審判を請求することができる。
2.施行期日
令和4年4月1日
3.改正法の概要等
改正前の特許法では、特許権者が、訂正審判の請求、特許無効審判・または特許異議の申立てにおける訂正の請求、および特許権の放棄を行うためには、専用実施権者、質権者・または通常実施権者(職務発明もししくは許諾による通常実施権者に限る。)の承諾が必要でした(改正前の特許法97条1項、127条ならびに同条を準用する120条の5第9項および134条の2第9項)。そのため、例えば、第三者から特許の無効・または取消しを主張された場合であっても、特許権者が通常実施権者等の承諾を得ることができなければ、特許の訂正を行うことができず、結果的に特許を無効とされ、あるいは取り消されてしまうリスクが存在しました。このような不都合を回避するため、実務上は、特許実施許諾契約書において、特許権者がライセンシーから訂正について包括的な承諾を取得すること等により対応をしておりました。
しかしながら、①通常実施権者が増加・多様化したことにより、全ての通常実施権者の承諾を得ることが現実的に困難となっていることや、②特許請求の範囲を訂正しても通常実施権者の法的利益を害するものとはいえないにもかかわらず、通常実施権者の承諾を得られないことにより特許権者が訂正という防御手段を実質的に失うことは、特許権者の保護を欠く状況となっていることなどが指摘されておりました。また、特許権の放棄については、本来、特許権者が自由に行えるべき特許権の放棄に関し、そのことに対して法的な不利益のない通常実施権者の承諾を求めることとなれば、特許権者等に不必要な負担を課すことになるとの指摘がされておりました。
企業行動の変化に対応した権利保護の見直し
デジタル技術の進展を受けて、特許権のライセンス形態が複雑化したことへの対応策が特許法の改正案として盛り込まれました。
特許権が成立した後でも、過去の発明と類似しているなどの理由で無効の申し立てを受け、その対応を迫られることがあります。その場合は特許権者は権利範囲を変更・縮小するなどの形で特許権を訂正・放棄することになりますが、従来は特許権者から特許ライセンスをすでに受けている(通常実施権者である)ライセンシーの承諾を得る必要がありました。
しかしながら、当然特許権者(ライセンサー)にとってライセンシーの承諾を得る義務があるのは大きな負担です。そこで、今回の改正ではライセンシーの承諾要件が撤廃されることになりました。
そこで、上記1のとおり法改正が行われ、令和3年改正後の特許法では、特許権者が、訂正審判の請求、特許無効審判・または特許異議の申立てにおける訂正の請求、および特許権の放棄を行うために、通常実施権者の承諾を得る必要がなくなりました。ただし、令和3年改正後の特許法でも、従前と同じく、専用実施権者や質権者の承諾を得る必要はありますので、留意が必要です。