東京高判平成21年2月18日
法人税更正処分取消等請求控訴事件
【判示事項】 被控訴人のした法人税の確定申告に対し,浦和税務署長がした更正処分及び重加算税賦課決定処分は違法であるとして,被控訴人がその取消を求めた事案について,被控訴人の経理部長であったAの詐取行為により被控訴人が受けた損害額を損金に計上すると同時に,Aに対する損害賠償請求権を当該事業年度の益金に計上すべきであるとの扱いをした本件各処分は適法であるとして,被控訴人の請求を認容した原判決を取り消し,その請求を棄却した事例
【掲載誌】 訟務月報56巻5号1644頁
税務訴訟資料259号順号11144
LLI/DB 判例秘書登載
【評釈論文】 TKC税研情報18巻6号26頁
税法学564号197頁
名城法学論集大学院研究年報38号93頁
「第3 当裁判所の判断
3 損害賠償請求権の計上時期について
(1)ア まず本件詐取行為に係る架空外注費は,外注費として被控訴人が支出したものではなく,法人税法22条3項に規定する損金の額に該当しないので,架空外注費相当額が詐取された事業年度の損金の額から減額され,他方,被控訴人は,架空外注費相当額を詐取されているので,同項3号により,これを詐取された事業年度の損金の額に算入することとなる(なお,後記イのように,詐取された架空外注費相当額の損失を詐取された事業年度の損金に算入することは問題がない。)。
イ 問題は,本件詐取行為により被控訴人が取得した損害賠償請求権(以下これを「本件損害賠償請求権」という。)をどの事業年度の益金に計上すべきかという点である。
ところで,法人税法上,内国法人の各事業年度の所得の金額の計算上当該事業年度の益金の額に算入すべき金額は,別段の定めがあるものを除き,資本等取引以外の取引に係る収益の額とするものとされ(法人税法22条2項),当該事業年度の収益の額は,一般に公正妥当と認められる会計処理の基準に従って計算すべきものとされている(同条4項)。したがって,ある収益をどの事業年度に計上すべきかは,一般に公正妥当と認められる会計処理の基準に従うべきであり,これによれば,収益は,その実現があった時,すなわち,その収入すべき権利が確定したときの属する年度の益金に計上すべきものというべきである(権利確定主義。最高裁平成5年11月25日第一小法廷判決・民集47巻9号5278頁等参照)。なお,ここでいう権利の確定とは,権利の発生とは同一ではなく,権利発生後一定の事情が加わって権利実現の可能性を客観的に認識することができるようになることを意味するものと解すべきである。
また,法人税法上,内国法人の各事業年度の所得の金額の計算上当該事業年度の損金の額に算入すべき金額として,当該事業年度の損失の額で資本等取引以外の取引に係るもの(同条3項3号)が掲げられているところ,本件のような不法行為により発生した損失はこれに該当し,その額を損失が発生した年度の損金に計上すべきものと解されている(最高裁昭和43年10月17日第一小法廷判決・裁判集民事92号607頁参照)。
そして,本件のような不法行為による損害賠償請求権については,通常,損失が発生した時には損害賠償請求権も発生,確定しているから,これらを同時に損金と益金とに計上するのが原則であると考えられる(不法行為による損失の発生と損害賠償請求権の発生,確定はいわば表裏の関係にあるといえるのである。)。
ウ もっとも,本件のような不法行為による損害賠償請求権については,例えば加害者を知ることが困難であるとか,権利内容を把握することが困難なため,直ちには権利行使(権利の実現)を期待することができないような場合があり得るところである。このような場合には,権利(損害賠償請求権)が法的には発生しているといえるが,未だ権利実現の可能性を客観的に認識することができるとはいえないといえるから,当該事業年度の益金に計上すべきであるとはいえないというべきである(そのような場合にまで,法的基準に拘泥して収益の帰属年度を決することは妥当でないのである。なお,最高裁平成4年10月29日第一小法廷判決・裁判集民事166号525頁参照)。このような場合には,当該事業年度に,損失については損金計上するが,損害賠償請求権は益金に計上しない取扱いをすることが許されるのである(法人税基本通達2-1-43が,「他の者から支払を受ける損害賠償金(中略)の額は,その支払を受けるべきことが確定した日の属する事業年度の益金の額に算入するのであるが,法人がその損害賠償金の額について実際に支払を受けた日の属する事業年度の益金の額に算入している場合には,これを認める。」と規定し,損失の計上時期と益金としての損害賠償金請求権の計上時期を切り離す運用を認めているのも,基本的には,第三者による不法行為等に基づく損害賠償請求権については,その行使を期待することが困難な事例が往々にしてみられることに着目した趣旨のものであると解するのが相当である。)。
ただし,この判断は,税負担の公平や法的安定性の観点からして客観的にされるべきものであるから,通常人を基準にして,権利(損害賠償請求権)の存在・内容等を把握し得ず,権利行使が期待できないといえるような客観的状況にあったかどうかという観点から判断していくべきである。不法行為が行われた時点が属する事業年度当時ないし納税申告時に納税者がどういう認識でいたか(納税者の主観)は問題とすべきでない。
エ なお,権利確定主義にいう収入すべき権利の確定の時期については,基本的には法的基準によって判断していくものである(法的基準により判断することで,法的安定性,徴税の公平性が担保される。)から,債務者の資力,資産状況等といった経済的観点により債権の実現(債務の履行)可能性を判断し,それが乏しい場合には益金計上をしなくてよいとする処理は妥当でないというべきで,このような経済的観点からの実現(履行)可能性の問題は,下記の貸倒損失の問題として捉えていくのが相当である。損害賠償請求権については,確かにこれと通常の商行為に基づく債権とを比較すると,経済的な観点からの実現(履行)可能性の乏しいものが多いといえるが,だからといってこれを別に扱う理由はないというべきである(以上,前掲最高裁昭和43年10月17日判決参照)。
オ ただし,損害賠償請求権がその取得当初から全額回収不能であることが客観的に明らかであるとすると,これを貸倒損失として扱い,法人税法22条3項3号にいう当該事業年度の損失の額として損金に算入することが許されるというべきである(前掲最高裁昭和43年10月17日判決。なお,最高裁平成16年12月24日第二小法廷判決・民集58巻9号2637頁参照)。また,取得当初はそういえなかったとしても,その後そうなったという場合は,その時点の属する事業年度の損金に算入することが許されるというべきである。
もっとも,上記のように,貸倒損失として損金に算入するためには全額回収不能であることが客観的に明らかである必要がある(前掲最高裁平成16年12月24日判決)ところ,この全額回収不能であることが客観的に明らかであるといえるかどうかは,債務者の資産・負債の状況,支払能力,信用の状況,当該債権の額,債権者の採用した取立手段・方法,取立てに対する債務者の態度・対応等諸般の事情を総合して判断していくべきものである。
(2) 以上の考え方に基づき,本件について検討する。
ア 上記(1)イによれば,本件各事業年度において,本件詐取行為により被控訴人が受けた損失額を損金に計上すると同時に益金として本件損害賠償請求権の額を計上するのが原則ということになるが,本件各事業年度当時の客観的状況に照らすと,通常人を基準にしても,本件損害賠償請求権の存在・内容等を把握し得ず,権利行使が期待できないといえるとすれば,当該事業年度の益金に計上しない取扱いが許されるということになるから,その点を検討する。
この点については,上記認定(上記2(3))によれば,Aは,被控訴人の経理担当取締役らに秘して本件詐取行為をしたものであり,被控訴人の取締役らは当時本件詐取行為を認識していなかったものではあるが,本件詐取行為は,経理担当取締役が本件預金口座からの払戻し及び外注先への振込み依頼について決裁する際にAが持参した正規の振込依頼書をチェックしさえすれば容易に発覚するものであったのである(同2(3)ア(イ))。また,決算期等において,会計資料として保管されていた請求書と外注費として支払った金額とを照合すれば,容易に発覚したものである(同(2)イ,(3)ア)。こういった点を考えると,通常人を基準とすると,本件各事業年度当時において,本件損害賠償請求権につき,その存在,内容等を把握できず,権利行使を期待できないような客観的状況にあったということは到底できないというべきである。
そうすると,本件損害賠償請求権の額を本件各事業年度において益金に計上すべきことになる。
イ 次に,本件各事業年度当時において,本件損害賠償請求権は全額回収不能であることが客観的に明らかであったといえるかを検討する。
上記認定(上記2(5)ア)によると,①本件各事業年度当時でみると,Aは,資産として,約5000万円で購入したマンションを有していたほか,約200万円相当の自家用車を所有していたし,約400万円程度の預金を有していた。また,月額30万円を超える金額の給与を得ていた(被控訴人から懲戒解雇されたのは平成16年5月であり,また,Aに対し実刑判決が言い渡されたのは平成17年6月で,いずれも本件各事業年度が経過した後の出来事である(同2(4)イ,エ)。)。また,②上記認定(同2(5)イ)のように,本件各事業年度が経過した後のことであるが,Aは,本件詐取行為に係る刑事裁判の際,200万円の弁償を申し出ている。確かに,Aは,本件損害賠償請求権に係る債務のほかEに対する債務や住宅ローン債務等を抱えていたから,本件各事業年度当時,債務超過に陥っていた可能性が高いが,本件各事業年度当時,①のような資産を有するなどしていて,全く弁済能力がなかったとはいえないのであるから(②の事実からもそのことが強く推認される。),本件各事業年度当時において,本件損害賠償請求権が全額回収不能であることが客観的に明らかであったとは言い難いといわなければならない。
そうすると,本件損害賠償請求権の額を本件各事業年度において貸倒損失として損金に計上することはできないことになる。
4 本件各更正処分の適法性について
以上を前提にすると,被控訴人の本件各事業年度の法人税に係る納付すべき税額は,別紙「平成13年9月期の納付すべき法人税額」及び「平成15年9月期の納付すべき法人税額」のとおりとなり(弁論の全趣旨),平成13年9月期が1882万4000円,平成15年9月期が1536万3100円となるが,これらの金額は,本件各更正処分の納付すべき税額,すなわち,平成13年9月期の1696万9400円(原判決別表1-1),平成15年9月期の1301万2200円(原判決別表1-2)をいずれも上回るから,本件各更正処分はいずれも適法ということになる。
5 本件各賦課決定処分の適法性について
以上によれば,被控訴人は,本件各事業年度の法人税について,納付すべき税額を過少に申告したというべきである。そして,本件では,そのことにつき国税通則法65条4項にいう正当な理由がある(すなわち,真に納税者の責めに帰することができない客観的事情があり,過少申告加算税の趣旨に照らしてもなお納税者に過少申告加算税を賦課することが不当又は酷になる場合に当たる)とは認められない。
また,上記認定(上記2(3)ア)によれば,Aが隠ぺい,仮装行為をし,被控訴人は,それに基づき架空外注費を計上して確定申告を行ったものである。そして,上記認定(同2(2)ア)によれば,Aは,被控訴人の経理業務の責任者で実務上の処理を任されていた者であり,かつ,被控訴人としても,容易にAの隠ぺい,仮装行為を認識することができ(同2(3)ア(イ)),認識すればこれを防止若しくは是正するか,又は過少申告しないように措置することが十分可能であったのであるから,Aの隠ぺい,仮装行為をもって被控訴人の行為と同視するのが相当である。そうすると,本件で,国税通則法68条1項により過少申告加算税に代え重加算税を課したことに違法はない。
そうすると,本件各賦課決定処分も適法というべきである。」