連鎖倒産を避けるための手形取引きの注意点
1.手形取引の基本的な仕組み
手形は、原則として、売買代金や請負代金などの原因となる取引上の債権を手形をもって支払う仕組みとなっている。
原因となる債権のことを原因債権と呼ぶ。手形には為替手形と約束手形がある。取引では通常、約束手形が使用されている。
約束手形は、振出人が手形を振出し、受取人または受取人から手形の譲渡を受けた所持人が、手形に記載された支払期日に、取引銀行を通
じて、支払地の手形交換所へ手形を持ち込み、振出人の当座預金から手形金額が引き落とされて決済される。振出人の当座預金の残高が不足の場合には、資金不足で不渡りとなる。
なお、手形を支払期日前に銀行に買い取ってもらうことを手形割引といい、支払期日と割引日までの間の利息を差し引かれた金額を、支払期日前に入手することができる。割り引くのではなく、単に手形の取立を銀行に依頼する場合は、取立という。為替手形は、引受人となる人が、相手に手形を発行し、手形所持人が取引銀行を通
じて手形交換所で決済するものである。決済の仕方は約束手形とほぼ同様である。為替手形の引受人は、約束手形の振出人と同じ立場にあり、支払義務を負う。以下では、約束手形を念頭において記述する。
また、商取引が原因となっている手形のことを、取引界では、商業手形(「商手」と略称する)と呼んでいる。商業手形に対して、手形を割り引くなどして現金化させるために、融資の一種として行う手形のことを融通手形(「融手」と略称する)という。
融通手形は原因となる商取引がないので、資金繰りや粉飾決算などの手段として使われたりする。手形または小切手の不渡りを同一の手形交換所で6か月以内に2回出すと、銀行取引停止処分を受ける。
2.手形要件
手形要件とは、手形としての必要最小限の要件であり、これを欠くと、手形の効力がない場合(手形法2条、76条)があるので、要注意である。
手形要件には、以下のものがある(手形法1条、75条)。
- 為替手形または約束手形の文言
- 手形金額 3. 為替手形の場合の支払人の名称
- 満期(支払期日)
- 支払地
- 受取人の名称
- 振出日
- 振出地
- 振出人の署名または記名 、押印
実務上多いのは、振出日や受取人の記載がない場合である。これらの記載がない場合でも、手形交換所で決済されれば、問題はない。
しかし、手形訴訟となったときに、これらが空欄のままだと、手形所持人は敗訴するので、要注意である。
また、裏書人との関係では、手形交換所で空欄のまま呈示され、手形訴訟で、空欄のまま呈示された事実が判明すると、適法な呈示がなかったものとみなされ、所持人は、裏書人に対して遡求ができない。手形を割引または取立に回す前に、手形面
で空欄になっている事項は必ず補充しておくことが必要である。
3.不渡り手形をつかまされないためのポイント
(1)振出人の信用状態の調査
手形の交付を受ける場合には、振出人から直接もらう場合と、振出人から手形を受け取った受取人または受取人から譲渡を受けた裏書人から交付を受ける場合の2通りがある。
後者の場合の手形を回り手形と呼ぶ。いずれの場合でも、振出人が手形を決済する支払能力があるかどうかが、問題である。
振出人が手形を決済する支払能力のない場合には、手形は不渡りとなってしまうからである。
信用状態の調査は、振出人の商業登記簿謄本、振出人が公開会社の場合には新聞に掲載されている振出人の株価、取引先の評判、興信所の調査などによる。
振出人の株価が100円以下の場合または株式の額面割れの場合(例えば1株50円株の場合にはそれ未満)には、注意を要する。
これらの場合には倒産の危険性が高いと株式市場が判断しているからである。
また、例えば500万円の売掛金を手形で決済しようとする場合、500万円の額面 の1通の手形をもらうよりも、50万円の手形を10枚もらう方が賢いやり方である。
振出人の信用状態が悪いと、500万円の手形を、銀行は割り引いてくれない可能性が強い(ただし、取立には回せる)。
これに対して、50万円の手形であれば、受け取った側は、自らの仕入先などへさらに譲渡して(回り手形)、買掛金の決済にあてることができるからである。
(2)回り手形の場合
回り手形の場合には、振出人が不渡りとしても、支払期日に手形交換所に呈示し、不渡り付箋をつけてもらって、6か月以内に裏書人(手形の裏面
に記載された者)へ所持人は請求することができる。これを、手形法では、遡求と呼ぶ。回り手形ではない手形(単名手形)では、振出人に対してしか請求できない。これに対して、回り手形では請求できる相手が複数いるから、回り手形の方が安心だという取引界の常識は、ある程度、正しい。振出人が危ない会社であっても、裏書人が信用状態の良い会社であれば、遡求を行って、裏書人から手形金を支払ってもらえるから安心だろうか。一概にはそう言えない。振出人が倒産して手形不渡りとなった場合には、手形の受取人は、振出人と直接の取引関係にある。例えば、振出人がゼネコンで、受取人が下請け業者の場合には、受取人が振出人の仕事を受注しているから、振出人が倒産すれば、受取人も仕事がなくなったり、代金を支払ってもらえなくて、連鎖倒産する可能性が強い。
したがって、所持人が裏書人に請求しても、裏書人も連鎖倒産するようなケースでは、裏書人からも支払ってもらえないからである。また、悪質な事例では、手形詐欺の場合がある。B社がC社から商品を買い取って、A社が振出人の手形を支払手形として交付する場合がある。ところが、振出人のA社はとっくに倒産していて、支払能力のない会社であったなどという事例がある。手形が不渡りとなっても、B社は言を左右にして支払をしないなどという例がある。したがって、回り手形の場合にも、振出人の信用状態の調査は必要なのである。そのためには、新聞、業界紙やインターネットなどによる情報収集、興信所の信用調査などが必要となる。
4.手形債権の保全
手形債権を確実に支払ってもらえるように、債権の保全を図る方法には、2通りの方法がある。
人的担保と物的担保である。
(1)人的担保
人的担保手形の場合には、手形保証といって、手形を支払うことを保証する旨記載し、住所、氏名を書いてもらい、実印を押捺してもらうやり方がある。
また、手形を直接受け取るのではなく、回り手形にするという方法もある。
A社の代表取締役がBの場合には、手形を受け取る場合に、Aを振出人、Bを受取人兼第1裏書人にして、Bに対して、遡求することができるようにする方法がある。
前述したとおり、手形不渡りとなった場合には、裏書人は所持人に対して支払義務が発生するから、この場合には、会社の代表取締役を連帯保証人にしたのと同じ効果 が期待できる。
また、A社の親会社がB社の場合には、A社が振出人の場合には、B社を受取人兼第1裏書人とすることで、同じ効果 が期待できる。
これとは逆に、B社が振出人となり、A社が受取人兼第1裏書人となるケースも、同様である。
ただし、前述したとおり、回り手形でも、連鎖倒産の危険性はあるので、やはり、振出人、裏書人の信用状態が安心できるものでないと、債権保全策にならないことがある。
(2)物的担保
物的担保継続的に取引をしている場合には、単に手形で決済するだけではなく、取引基本契約書を取り交わしたい。
取引基本契約書で、売掛金債権や手形債権を担保する担保物を決める。担保物が不動産の場合には、当該不動産に根抵当権の登記をする。
取引先の売掛金債権を担保にする方法もある。
取引先から当方へ債権を譲渡する旨の内容証明郵便をあらかじめ書いて押印してもらい、取引先が不渡りを出した場合には、債権譲渡の内容証明郵便を、取引先の売掛先に対して発送すれば、債権譲渡により、売掛金債権から債権回収ができる。債権譲渡の方法には、平成10年に立法された「債権譲渡の対抗要件に関する民法の特例等に関する法律」により、債権譲渡登記をするという方法もある。また、商品を相手先が保管した状態で、担保に取る方法がある。動産譲渡担保といって、譲渡担保契約書を締結し、商品などの種類、名称、他の商品との区別方法(保管場所などの特定)を行う。
緊急事態になったときには、譲渡担保権により、商品などの担保物を引き揚げ、任意に売却できる。
5.手形のジャンプを要請された場合の対処法
手形が不渡りとなる可能性が強いので、手形のジャンプ(支払期日の延期)を要請された場合には、どう対処すべきか。
手形が不渡りになる可能性が強いからといって、振出人からの手形ジャンプの要請に対しては、安易に応じてはならない。支払期日の延期に応じるかどうかは、こちらが主導権を握っているので、振出人としては、手形所持人の要求に従わざるを得ない。そこで、まず、振出人に対して、過去および現在の財務諸表の提出を求め、振出人の財務内容を点検する。また、他の取引先の動向についても情報を収集する。また、手形ジャンプに応じるのと引き換えに、従来担保を取っていなかった場合には、新たに担保となるようなものを差し出すように要求する。今までに担保に取ったものだけでは不十分な場合には追加担保を要求する。担保物としては、できる限り、あらゆる種類のものを要求した方が賢い。不動産の場合には、抵当権が不動産価格と同額以上設定されており、オーバーローンの状態のことが多い。それでも、任意で不動産を売却するときには抹消料(はんこ代)を支払うのが通例であるので、駄目でもともとであるから、不動産に根抵当権を設定する。債権譲渡の方法による担保も取るべきである。また、商品を譲渡担保に提供してもらうことも、必要である。手形ジャンプの要請に対する対処方法のもう1つの選択肢としては、手形ジャンプに応じないという方法がある。例えば振出人には主要な取引先が5件あり、そのうち4件までは手形ジャンプに応じそうな場合には、当社だけ手形ジャンプに応ぜず、手形交換所に手形を取立に回してしまうのである。振出人は、手形不渡りを回避しようとして、なんとか資金調達をして、当社の手形だけを決済してくれる場合もある。
リスキーな選択肢ではあるが、振出人の財務内容を分析し、他の取引先の動向などをにらんだ上で、当社の手形が致命傷にならない程度の金額であれば、手形が決済される可能性があるからである。
6.手形訴訟
手形が不渡りとなると、手形所持人は、振出人、裏書人を被告として、手形訴訟を提起する。
手形訴訟は、原則として、手形以外の証拠書類は必要ではない。
逆に手形以外の証拠書類は偽造などの一定の例外を除き証拠としては考慮されない。
訴状を裁判所に提出してからおおむね1か月先に指定される第1回口頭弁論で弁論は終結し、すみやかに手形判決がなされ、判決には仮執行宣言が付けられて(民事訴訟法259条2項)、すぐに強制執行をすることができる。訴訟の面でも、手形は優遇されているのである。
なお、手形ではなく、売掛金債権の請求訴訟では、売った商品や年月日を一々特定し、証拠調べがなされるので、1回の口頭弁論では済まず、時間がかかるのが普通である。
7.倒産手続における手形債権の取り扱い
倒産手続において手形債権がどのように取り扱われるのか、代表的な倒産手続をみておこう。
(1)破産手続
●メリット
破産手続では、手形が証拠となるので、他に証拠が要らないというメリットがある。
(2)民事再生手続
民事再生法では、劣後債権の分類はない(民事再生法84条2項1号)。
もっとも、債権者集会または書面決議の場合の議決権からは、中間利息が控除される(民事再生法87条1項1号)。
ただし、支払期日までの期間が1年に満たない端数がある場合には、切り捨てる(同条号)。
1年以上先の手形というのは、通常は余りないであろう。したがって、破産などの場合とは異なり、手形は額面 そのままが配当の対象となり、また議決権の面
でもデメリットは殆どないと言って良い。会社更生法と同様に、民事再生法でも少額債権弁済の制度がある(民事再生法85条5項)。また、中小企業者の連鎖倒産防止のため弁済を受けられる制度もある(民事再生法85条2項)。
(3)否認権
破産、会社更生、民事再生では、いずれも緊急時に駆け込み担保を取った場合や特定の債権者のみに対する弁済などは、否認権の対象となり、効力を否定されることがある(破産法72条以下、会社更生法78条以下、民事再生法127条以下)。
(4)任意整理
裁判所の監督下で行われず、債務者主導で行われる任意整理(私的整理、内整理ともいう)では、手形債権については、特に法律があるわけではなく、中間利息の控除は通常行われない。